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パルラ 第2巻 ヴォンヌ・ミエルスティード 著 パルラ… パル… ラ… その名前は心に深く刻み込まれている。授業中、教官の言葉に集中しようとしている時も、気がつけばその名をささやいている。唇が無音の「パル」をかたどり、舌を軽く弾いて「ラ」を成す、あたかも目の前にいる彼女の霊に口づけをするが如く。乱心として自覚している点を除けば、あらゆる点において乱心の沙汰だ。恋に落ちたことは分っていた。彼女が気高い女レッドガードで、星も霞む程美しい猛烈な戦士だったことは分っていた。彼女の若い娘ベタニキーがギルドに程近い領主邸を受け継ぎ、そして彼女が私のことを好きな、ひょっとしたら夢中になっていることも分っていた。パルラが恐ろしい獣と戦い、殺したことも分っていた。パルラは死んでいることも分っていた。 前にも言ったが、乱心であることを自覚している、故に、狂っている訳ではない。確かなのは、愛しいパルラが怪物と繰り広げた最後の、恐ろしく、致命的な戦いの彫像を見に、ベタニキーの邸宅へ戻らなければならないことだ。 私は戻った、何度も何度も。もしベタニキーが同輩と違和感なく交流できる、違った性格を持った貴婦人であったなら、それほど戻る機会はなかったであろう。私の汚れた妄想に気付かない、無邪気な彼女は私との時を歓迎した。何時間も話し、笑い、そして毎回、光を反射する池の周りを散歩すると、必ず母親の彫像の前で息を忘れて立ちすくむ。 「先祖の一番輝いている姿をこのように残すのは素晴らしい伝統ですね」と、探るような彼女の視線を感じながら、私は言った。「また、職人も無比の腕前だ」 「信じてくれないでしょうけど」と、笑いながら彼女が言った。「曾祖父がこの習慣を始めた頃、ちょっとした騒ぎになったのよ。私たちレッドガードが家族を敬う気持ちは大きいのだけれど、私たちは戦士であって芸術家ではないわ。だから彼は、最初の彫像を作るために巡業していた芸術家を雇ったの。誰もが彫像を称賛したわ、芸術家がエルフであることが明らかになるまでは。サマーセット島から来たアルトマーだったの」 「それは大変だ!」 「そのとおり」ベタニキーはまじめに首を縦に振った。「あの気取ったエルフの手が、気高いレッドガード戦士の姿を作り出したと思うと、考えるのも嫌だし、冒とくだし、非礼だし、想像できるすべての悪に値するわね。でも、曾祖父の心は彫像の美しさしか見ていなかったの。最高のもので先祖を称える彼の哲学は私たちにも受け継がれているわ。種族文化に忠義を示せたとしても、劣る芸術家に親の彫像を作らせるなど考えもしなかったわ」 「どれもみな美しいです」そう私は言った。 「でも、私の母親の彫像が一番のお気に入りなのよね」と、彼女は笑いながら言った。「他の彫像を見ているようでも母の彫像を見ているものね。私のお気に入りでもあるのよ」 「もっと彼女のことを教えてくれませんか?」と、軽い声で、会話を交わすように問いかけた。 「母なら、自分はたいしたことないって言っただろうけど、彼女は素晴らしかったわ」と、娘は花壇の花を摘みながら語った。「私がまだ小さい頃に父親が死んだから、母はいろいろな役目を負ったけど、すべてを楽々とこなしたわ。私たちは沢山の事業を手がけているけれど、彼女はしっかりと運営していたわ、今の私など及ばないくらいにね。彼女が微笑みかけるだけで皆従ったし、意に反した人たちは酷い目にあったわ。気も利いたし、可愛らしくもあったけど、いざ戦いになったら恐ろしく強かった。数え切れないほど戦に出たけど、一瞬たりとも見捨てられたとか、愛されていないなんて思ったことはなかったわ。死にさえも勝てると思っていたわ。愚かなのは分ってる、でも、彼女がアレと戦いに行ったとき―― あの恐ろしい生物、いかれたウィザードの研究室から生まれた化け物、母が二度と帰ってこないなんて思ってもみなかった。彼女は友には優しく、敵には無慈悲だったわ。最高の女性だったの」 思い出から、可哀想なベタニキーの目には涙が溢れた。自分の歪んだ想いを満たすために、彼女の心をこれほど抉るとは、私は何と言う悪党なのだ? 私以上にシェオゴラスが困惑させた人間はいないであろう。自分が涙ぐんでいることに気付くと同時に、胸いっぱいに欲望が広がるのを感じた。女神のように見えるパルラは、娘の話からすると実際に女神だったのだろう。 その夜、床に就くために服を脱いでいたら、テンディクサス教官の研究室から数週間前に盗み出した黒い円盤を再発見した。その存在を半分忘れかけていたが、愛する者を生き返らせることができると魔術師が信じた死霊術の秘宝である。ほとんど本能的に、私はその円盤を胸に押し当て、「パルラ」とささやいていた。 一瞬にして部屋の中に寒気が充満し、白い吐息が空中に漂った。恐怖を感じ、私は円盤を落とした。判断力が戻るまでに少々時間が掛かったが、避け難い結論に達した: この秘宝は私の欲望を満たせる。 愛しい人をオブリビオンのしがらみから解放しようと明け方まで試みたが、無駄に終わった。私は死霊術師ではない。教官の誰かに手伝ってもらうことも考えてみたが、イルサー教官に円盤を処分するように命じられていたのを思い出した。もし彼らのもとへ行き、彼らが円盤を処分することになれば、私はギルドから追放されてしまう。そして、愛する人を呼び寄せる、唯一の鍵も失われてしまうことになる。 次の日、私はいつもの半無気力状態で教室にいた。イルサー教官自ら、彼の専門分野である付呪学についての講義を行っていた。彼の声には変化がなく、内容も退屈だったが、次の瞬間、教室からすべてが消え去り、私は光の王宮に居るような感覚に陥った。 「人々が私の分野の科学を想像する場合、彼らの大多数が発明の過程を想像します。魔力と呪文を融合させて物体に注入する。魔法の刃、または指輪の創作。しかし、熟練した付呪師は触媒の働きもします。何か新しいものを創作できる精神は、古いものから巨大な力を引き出すこともできるのです。初心者が暖かさを生み出せる指輪も、入門僧の手に掛かれば森林を灰の山にすることが可能です」と、含み笑いをしながら肥えた男は言った。「そのようなことを勧めている訳ではありません。それは破壊学の人達に任せましょう」 その週、修練僧は皆それぞれの専門分野を選択するよう求められた。私が、今まで愛してきた幻惑学に背を向けたことに、皆が驚いた。あのような上辺だけの魔法に愛着を持っていた自分のことをばかばかしく思えた。あの円盤の力を解き放つ手段となる付呪学に、今は、知力のすべてが注ぎ込まれている。 それからの数ヶ月間はほとんど寝なかった。自分を鼓舞し、力を与えるために、一週間のうち数時間をベタニキーや私の彫像とすごした。それ以外の時間は、付呪に関するすべてを学べるように、イルサー教官か彼の助手と一緒にすごした。彼らは私に、物体の中に蓄えられたマジカの真髄を教えてくれた。 「どれほど巧みに唱えても、どれほど華々しく唱えようとも、簡単な呪文でも、一度唱えてしまえば、はかない、そして今だけのものでしかない」と、ため息をつきながら、イルサー教官は言った。「しかし、居場所を与えれば、生きているようなエネルギーへと成長し、熟成され、そして成熟する。よって、未熟なものが手に入れても、そのエネルギーの表面をなでることしかできない。君は自分のことを、地面の奥深くへと潜りこんで、金脈の中心部を掘りあてる坑夫であると考えなさい」 毎晩、研究室が閉鎖した後に、学んだことを復習した。自分自身の力の増加を感じるとともに、また円盤の力も増大していた。「パルラ」そうささやきながら、ルーンに付いた小さなかすり傷や宝石の面に触れつつ、秘宝の奥深くへと潜りこんだ。時には彼女のすぐ近くまで行き、手が触れあうのを感じたこともある。しかし、必ず大きく暗い何かに念願の夢の実現を阻まれる、死の現実なのだろう。その後は必ず抗し難い腐敗臭が漂い、最近では隣の部屋の修練僧が文句を言い始めている。 とりあえず、「何かが床板の下に入りこんで死んだのでしょう」と、申し出た。 イルサー教官は私の学識を称賛し、さらなる研究のために、時間外でも彼の研究室を使うことを許してくれた。それにもかかわらず、何を学んでもパルラが近づいているとは到底思えなかった。ある晩、すべてが終わった。こう惚の中、彼女の名をうめき、あざができる程に円盤を胸に押し付けながら体を揺らしていると、窓から突然差し込んだ稲妻の光が集中を遮った。暴風雨がミル・コルップを覆った。雨戸を閉じて、机へと戻ると、円盤は粉々になっていた。 私は泣き狂い、そして笑った。莫大な時間と研究を注いだ後のこれ程大きな損失は、私の脆く壊れかかった心では受け止め切れなかった。熱にうなされながら、翌日と翌々日はベッドですごした。もし私が治癒師を多く抱える魔術師ギルドの一員でなかったら、おそらくこの世には居なかっただろう。実際、私は仲間の若い学者たちにとって良い研究対象だった。 やっと歩けるまで回復した私は、ベタニキーに会いに行った。彼女はいつもと変わらず魅力的で、一度も酷かったであろう私の顔色や見た目には触れなかった。ついに、池の周りの散歩を丁寧に、かつ堅く辞退したとき、彼女に心配する理由を与えてしまった。 「でも、彫像を見るのが大好きじゃない」と、彼女が叫んだ。 私は彼女に真実とそれ以上のことを話す義務があると感じた。「お嬢さん、私は彫像以上にあなたの母親を愛しています。あなたと一緒にあの神聖な彫像の覆いを解いたときからの数ヶ月、彼女以外のことは何も考えられずにいました。私のことをどう思っているかは分かりませんが、彼女を生き返らせる方法を学ぶことに心を奪われていたのです」 ベタニキーは目を見開いて私を見つめた。そして、ついに言った。「どんな悪趣味な冗談か分からないけど―― 出て行って欲しいわ」 「冗談だったらと願いました、信じてください。でも、私は失敗したのです。愛が足らなかったのではないと思います、なぜなら私以上に誰かを強く愛した人はいないからです。もしかしたら、付呪師としての技量が足らなかったのかもしれませんけど、決して修練不足からではありません!」自分の声が荒げ、怒鳴り散らしているのは分かっていたが、もう止められなかった。「ひょっとしたら、あなたの母と私が一度も会ったことがないのが原因かも知れません、でも死霊術の呪文は術者の愛だけが考慮されるはずだし。もう、何が原因だったのか分からない! もしかすると、あの恐ろしい生物、彼女を殺したあの怪物が何らかの呪いを死の間際に掛けたのかも知れない! 私はしくじったんだ! そして、理由も分からない!」 小さな女性からは考えられない、驚くべき速さと力でベタニキーは私に体当たりした。そして彼女は叫んだ、「出て行け!」私は扉から飛び出した。 彼女が叩きつけるように扉を閉める前に、私は惨めな謝罪をした。「本当に申し訳ない、ベタニキー、でもこれは考慮してください、あなたに母親を連れ返してあげたかったのです。乱心じみているのは分かっています、でも、私の人生の中で確かなのは一つだけ、それは、私はパルラを愛していることです」 彼女は閉まりかけていた扉を少しだけ開き、震えながら問いかけた。「誰を愛していたって?」 「パルラ!」と、私は神々に向かって叫んだ。 「私の母の」彼女は腹立たしげにささやいた。「名前はザーリス。パルラは怪物よ」 私は暫くの間閉じられた扉を見つめ続け、魔術師ギルドまでの長い道のりを歩き始めた。私の記憶は、ずっと以前に愛する人の名前を初めて耳にし、あの彫像に魅入った「物語と獣脂」舞踏会のことを、細部まで思い起こしていた。あのブレトンの修練僧、ゲリンが話していた。彼は私の後ろに立っていた。彼は女性のことではなく、獣の話をしていたのか? ミル・コルプの町はずれと交差する曲がり道を曲がったとき、それまで座って私を待っていた大きな影が地面から立ち上がった。 「パルラ」うめき声を上げた。「パル…ラ」 「くちづけを」それが、ほえた。 これで私の物語りは、今現在に追いつきました。愛は赤い、血のように。 小説・物語 茶2
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評論・ザルクセスの神秘の書 第1巻 マンカー・キャモラン 著 デイゴン ようこそ、修練者よ。まずは安心してもらいたいのだが、マンカー・キャモランもかつては諸君たちと同じように眠り続ける浅はかで、デイドラの精力を宿していた。死ぬ定めの我々は皆、夢の保護膜、すなわち母親との共生のために用意された退避場所を離れて誕生し、実戦と親善に努め、新たな瞳を通して見ることによりやがて母親が背後にいてくれることを求めたり恐れたりしなくなり、ようやく家庭を離れる。そしてその時、我々は彼女を永遠に破壊し、神デイゴンの領域に入る。 読者諸君、本書はその領域への扉であり、諸君は破壊者ではあるが、それでもなお制約は甘んじて受け入れなければならない。立ち止まれるだけの賢明さを持つ者のみを神デイゴンは受け入れる。それ以外の者たちは、愚かにも走り出すことにより、オルビスに命を奪われるだろう。まずは歩け。注意を怠らず。諸君らが最初に首をはねるべき奴隷は、自らの焦りだ。 神デイゴンの言葉どおりに入れ。4つの鍵を携え、ゆっくりと進むのだ。そしてその時、諸君は王族の一員となり、新たな破壊者となり、深遠の暁がそうであったように。既知の花と未知の花がその庭には咲き乱れるだろう。そうして諸君は自らが産声を上げた瞬間へと引き戻されるが、生まれ出てくる姿は以前とは違う。毒気を母とする主の優れた血族であるところの、ネオニンビオシスとなるのだから。 どこに住む者たちも我々のことを知っていて、我々が通り過ぎたとしても、身震いされること以外に何もうんざりすることは起きない。諸君らが我々のところに来たのは、戦争、研究、影、あるいはある種の蛇のような連携を通じてのことだろう。その経路はそれぞれ異なるとしても、褒美は常に同じだ。修練者よ、ようこそ。ここに辿り着いたということは、君には王族の価値があるということだ。懐中を探って、見てみるがいい! 最初の鍵が新たな暁の光に輝いているだろう。 夜が終われば昼が訪れるように、最初の洞察は皆一様に荒れ狂う海に落下するものであり、そこであらゆる信念が試されることになる。だが再び、安心してもらいたい。強奪者でさえ、艦隊を求めて浮上する以前にイリアックに沈んだのだ。恐れるのは一瞬だけでいい。揺らいだ信念は目的に水を差す。暁の庭で我々は完全なる真実を呼吸するだろう。 神デイゴンの言葉どおりに入れ。4つの鍵を携え、ゆっくりと進むのだ。我々の教団の原理は神の強大な刃に基づいている。修練者、探求する騎士、牧師、そして主。我々の視線の余力によるものであるかのように、邪悪な者たちはその光で焼き尽くしてしまうがいい。その時、我々の知恵は正しいものとなるだろう。しかしながら忘れずにいて欲しいのだが、諸君の視界はまだ狭いものだし、招待状は受け取ったとしても場所がどこなのかまではまだ分かっていないのだ。 私自身の最初の召喚は、神デイゴンが錆と傷の砂漠にいる時に書いた本を通じて行われた。その書の名は『ザルクセスの神秘の書』、アルドメレタダ集合体、すべての謎の妻の祖先だ。どの言葉も刃を受け、秘密であり、地殻変動よりも薄く、赤い飲み物のように曇っている。私が口にしたことはどれも、君の新たな階級を立証するためのものだ、我が子よ。君の名は今やその重さへと切断された。 王宮であろうと粗末な小屋であろうと洞窟であろうと、とにかく諸君は霧のかかった概念の世界を投げ捨ててやって来た。ヌマンティア! 自由! 楽園を約束されたことを喜ぶがいい! 果てしなくそれは君の周りで形作られ、再び形成されるだろう。実存としての行為、開花してゼロサムとなるほんの1時間前の全系統、衣装のように花開き、神デイゴンの黄金の足もとで踊るために身にまとう神々しい衣服。1つめの腕で嵐、2つめで呪われた雨、3つめでアヌの火口、4つめでまさにパドームの瞳。第1の鍵を手にしているのだから君の心は高揚していて当然だ。その心は、偽りの空のワームロットの、至るところへと飛び込んでいくだろうから。 神の歌によって声がかれるまで私は大声で発しながらさまよった。神デイゴンの神秘について私は読み、あふれるような思いによって再び狂おしい感情に包まれた。身を隠すことができるようになるまで、私の言葉が買われることはなかった。これらの言葉はタムリエルの庶民のためのものではなかった。タムリエルの聖職者がその昔、暁の存在そのものを装ったことがあるからだ。私の過ちから学ぶが良い。謙虚さこそがマンカー・キャモラン独自の知恵であることを知って欲しい。4つの鍵を携え、ゆっくりと進むのだ。 あの夜明けに身を捧げることにより私は慈悲の帯に包まれた。私の声が戻った時、それは違う言葉遣いになっていた。3夜を過ごした後、私は炎を語ることができるようになっていた。 赤い飲み物、刃を受け、私は庭への道を垣間見て、その隠れ場所について他の者たちに知らせるには、まず自分自身を探索の海に沈める必要があることを知った。私は艦隊を見つけたし、君こそが私にとって最も重要な希望であることを知って欲しい。ようこそ、修練者よ。マンカー・キャモランもかつては諸君らと同じように眠り続ける浅はかでプロトニミックな存在だったが、今は違う。今私はこうして座り、この宇宙にあるすべての世界にいる君たちと一緒に祝宴を始める。ヌマンティア! 自由! 神話・宗教 紫1 評論・ザルクセスの神秘の書 第2巻 マンカー・キャモラン 著 アルタドゥーン この文書を見つけた者が誰であろうと、兄弟と呼ぼう。 解答は解放へとつながり、ヌマンティアを知ることになったマルビオージの奴隷たちは、ザルクセスの神秘の書がアーケインと呼ぶ看守王マズティアックを打ち倒したのである。マズティアックの死骸は彼に仕えた生ける死体たちによって市中を引きずり回され、その肉は岩場に広げられ、彼を愛した天使たちは「すべての者たちに自由意志を知らしめ、したいようにさせるがいい!」と叫び、もう彼の甘い霊液を飲もうとはしなかった。 兄弟よ、君が来ることは神デイゴンの刃の書に予言されていた。偶像が一人また一人と去ったせいで、君はここに来ることになったのだ。まだ君に注がれてはいない瞳の視線の中で、君は称えられている。田舎の若者であった君は旅慣れた者となり、覆いの破壊者となる。兄弟よ、君は私と一緒に楽園に座り、すべての未知なるものから解放されるのだ。私は君に神の書と、多くの羽毛がついて汚れた注釈書を渡そうと思う。そうすれば君はすでに知っていることを記号に当てはめることができる。つまり、破壊の球体は、奴隷にされていない者の乳に過ぎないということを。君がつまずいたとしても私は責めたりしない。それは予期されたことだし、油によって神の恩寵を与えられている。私は君の失墜を強く望んだりはしない。たとえ、君が失墜しなければ、来たるべき世界において君が永遠に私をしのぐことになろうともだ。神デイゴンが君に望むのは災難ではなく、極めて重要な事柄だ。神が望むことなら君も望むべきだ。神の書から次のことを学ぶがいい。これが求めの儀式だ。 地にささやけ。地中にいるおせっかい屋は、血の中にしか石を受け入れない。血こそが血なのだから。そして骨の亀裂にも。骨こそが骨なのだから。ゆえに、1と1の前に、亀裂を入れ、答え、落ちるために、私は兄弟として、王として、君をドラゴンと呼ぶ。 ドゥルーの皮:7と7、一口分の油、1と1、濡れたディベライトによって描かれた円:3つの同心円、卑しい血が流れるままにし、クロウタドリに見守られた出生:先に暖火。聴覚が不明瞭になってきたら、以下の呪文を唱えよ。 有頂天となって、その者はようやく記録から消される。 記録されて、奴隷たちは知ることなく輪を回す。 奴隷となって、オルビスの子供たちは皆、そのままでいる。 神話・宗教 紫1 評論・ザルクセスの神秘の書 第3巻 マンカー・キャモラン 著 チム 塔は天の覆いのすべてに触れている、兄弟修練者よ、そしてその頂に至るまでに、人はあるべき姿に変われる。さらに、かつての自分自身になり、しかもなお、その道を辿る他のすべての者たちと、後から歩いてくる者たちのために、変化することができる。これがヌマンティアの第3の鍵であり、死を定められた人間がいかにして創造者となり、創造者が人間に戻ったかに関する秘密である。輪の骨は肉体を必要としており、しかもそれは人類にとっての家宝である。 誓いを破る者たちよ、警戒するがいい。裏切り者たちはニミックの道を辿り、冗漫な神の駆ける犬となるのだから。ドラゴンの血は優美な迷宮において6千年間、隠れた即位を続けている。その迷宮は闘技場であり、すなわち誓約の場であることを、彼らはまだ否定している。神の書に従い、この鍵を受け取り、覆いを奪う者を囲う神聖な殻を突き刺せ! 黄金の肌! SCARAB AE AURBEX! 誓いを破る者たちに苦悩を! 黄金の肌については、ザルクセスの神秘の書にいわく「道を誤って進む惨めな者に欺かれてはいけない。その者たちは、他の惑星を知らないエイドラのせいで信仰を失ってしまったのだから」。そのため神デイゴンの言葉は我々に、それら不忠実な者たちを破壊するように指示している。「惨めな者たちの肉を食らい、あるいは血を搾り取り、最初は彼らにも神の道を歩ませようとしたささやかな意志を奪い取るがいい。彼らを遅れさせた脇腹に向けてそれを吐き出し、あるいは焦げつかせるのだ。彼らがムネモリであることを忘れずに」 すべての新たな四肢は、知られざる者たちがその代価を支払っている。見るがいい、兄弟よ、ヒドラにこれ以上与えてはいけない。 読者よ、君は影の聖歌隊の存在をすぐにも感じ取るだろう。君が今いる部屋は、瞳と声を大きくさせる場所だ。君がこれを読むのに用いているロウソクあるいは呪文の光は、先に私が述べた裏切り者にとっての出入り口となるだろう。彼らのことは冷笑すべきであり、恐れることはない。悪態をつき、その本性を叫んでやるがいい。星のマンカーである私は君を私の楽園へと連れていくためにやって来た。そこでは塔の裏切り者たちが、新たな革命とともに微笑む時が来るまで、割れたガラスにしがみついている。 それがムネモリに対する君の防御だ。彼らは物音に青くなり、新たな覆いの発生によって大地が震える時にのみ輝く。彼らにはこう言ってやればいい。「行ってしまえ! GHARTOK AL MNEM! 神は訪れた! NUMI MORA! NUM DALAE MNEM!」 神話の中を君が歩けば、それは君に力を明け渡すだろう。伝説というものは、手始めに求めるものでしかない。言いようのない真実。第4の鍵を探しながらそのことについて思案してみたまえ。 アルカネイチャーに関して理解されている法則は、熱のように衰えていくだろう。「第1塔の命令:彼がこれ以上の危害を加えることのない、突然変異の範囲を描写せよ。彼はムンダスの神であり、似た者が子孫となって、神々しい火花から分裂する。我々は8人の太守の8倍である。唯一の出口は我々の手にあることを、パドメイの故郷に認めさせよう」 チム。それを知る者は国を再建することができる。かつてジャングルにいた赤い王の故郷を目撃せよ。 楽園に立ち入る者はすなわちその者自身の母親へと立ち入ることになる。AE ALMA RUMA! あらゆる意味でオルビスは終わる。 あらゆる終わりに際して、我々は暁をくまなく探す。たじろいで、私を養う路傍の孤児と一つになるがいい。私に従って来るなら、君を心から敬愛しよう。私の最初の娘はダゴナイトの道から逃げ出した。彼女の名はルーマで、私はパンなしで彼女を食べ、新たに作り、学んだ。私はその子を愛し、連れてやって来たクロウタドリが彼女の双子となった。 兄弟よ、星明りは君の覆いだ。見るためにそれを身にまとい、その光を楽園に加えよ。 神話・宗教 紫1 評論・ザルクセスの神秘の書 第4巻 マンカー・キャモラン 著 ガートック 第4の鍵を持つ者は、それによりその心を知るべし。マンデックス・テレンはかつてドゥルーの専制君主によって各領地までが完全に支配されており、奴隷の海同士の国境戦争も起きた。彼らは古い時のトーテムの血族でありながら邪悪で、あざけりと冒とくの力に満ちていた。かつてこの世に生を受けた者の中で、ドゥルーの許容範囲を彼らほど逸脱していた者はいない。 私は魂をマグナ・ゲーに捧げ、楽園での喜びを口にする。彼らは密かに、消え去る成り上がり者の領地であるリグのはらわたに刃のメエルーンズを創造したからだ。彼らは様々な水域からやって来たが、それぞれのゲットはただ一つの目的を共有している。善の王子を策略にかけ、不揃いな草刈り跡で彼の肖像を回転させ、オブリビオンにおける最も貴重かつ希少なもの、すなわち希望を吹き込むことだ。 不死身となった私は楽園から詠唱する。盗賊を捕らえるメエルーンズ、聖餐のパンのメエルーンズ、天に向かった赤い腕のメエルーンズ! ヌマンティア! 自由! 修練僧たちよ、そういった時代が再び訪れるという考えを否定するな! メエルーンズはリグを倒し、その顔を打ち、19と9と9つの海がそれぞれ自由だと宣言した。そうして彼はシロディールの大蛇の王冠にひびを入れ、連邦を作ろうとしたのだ! 当時と同じように、近頃では何もかもが変化し、魔法の言葉ヌマンティアによって大暴動が持ち上がり、チメル・ガージグの塔を引き倒し、成り上がり者の神殿騎士団は虐殺され、上の中庭から下のくぼみへと落ちるしずくのように血が降り、そこでは何かに取りつかれたような顔をした奴隷たちが、鎖と歯を看守のもとへと届け、すべての希望は小競り合いに変わった。 閣下の暁は耳を傾けている! すべてのオルビスに自由を知らしめたまえ! メエルーンズは訪れた! 支配権などない。自由意志を守れ! 諸君の赤い軍団がリグから寒々とした奥地へと移動したことによって太陽は引き裂かれた。すべてのゲットに軍団が配備され、クーリは倒され、ジャフは倒され、ホルマギレは冷たい塩によって押しつぶされ、今後永久にホルを呼び続け、再び門の時代が訪れることになった。 苦境の中にあって、マルビオージは倒され、鎖の街は新たな骨の温かさに癒されて解放された。ガルグとモルガルグはある日、一晩のうちに一緒に倒され、再び門の時代が訪れることになった。 穴となったNRNに苦悩を、そしてそこに住むドゥルーであるヴェルメイのニモークには7つの呪いを! しかしそのために十字軍は我が神の創造物になり、ゲーに率いられたゲットは意志を貫き、自身の良心以外に束縛はなかった! オルビスの人々よ、諸君の地獄は崩れ去ったことを知るがいい。そして自由そのものであるヌマンティアを称えよ! 神話・宗教 紫1
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種族:ビースチャン 年齢:40代 性別:男性 身長(cm):191cm 体重(kg):92kg 3サイズ(B・W・H)(必要な場合): 職業:武闘家 所属組織:秘密結社ゴエティア イメージ声優(必要な場合、主演作品など):鶴岡聡 ステータス 格闘 8 +1 射撃 3 魔力 4 統率 6 技術 6 耐久力 5 知力 3 潜在 3 騎乗 2 機動 4 協調性 6 +1 運 2 ユニークスキル(PCのみ可): スキル(条件に合う物を、最大3個(NPCは4個)まで):バトルマスター、指揮官、ビースティック・バースト、獣神拳【麒麟の型】 設定秘密結社ゴエティアの実行部隊『チームHATED』の副隊長。 隊長であるペイルライダーが指揮能力を持たないため、彼が実質チームの指揮官である。 テロ組織に身を置く人物にしてはまともな感性を持った常識人であり、それ故に周囲のアクの強さに翻弄される苦労人である。 小ネタ: 創作者:松々
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火中に舞う 第5章 ウォーヒン・ジャース 著 「せっけんだ! この森は愛を食べて生きている。まっすぐ進め! このマヌケでアホな牛め!」 スコッティがジャングルへ降り立つと、すぐにその声が響いてきた。彼は、薄暗い林の空き地をじっと目を凝らしてみたが、そこから聞こえてくるのは、動物や虫の鳴き声、風のざわめきだけだった。先ほどの声は、非常に奇妙で風変わりなアクセントがついており、性別もはっきりせず、震えるような抑揚だが、人間のものであることは間違いないようだ。あるいは、ひょっとしたらエルフの声かもしれない。おそらく、1人でいるボズマーが、たどたどしくシロディール語を喋っているのだろう。何時間もの間ジャングルをさまよった後では、どんな声でも少しは親しみが持て、すばらしく聞こえた。 「こんにちは!」とスコッティは叫んだ。 「カブトムシの名前は? 確かに昨日だった、そうだ!」と言う声が返ってきた。「誰が? 何を? いつ? そしてネズミ!」 「あなたの言ってることがよく分からないんですが」とスコッティは答えた。声がする方向に、荷馬車ほどの太いイチゴの木があり、それに向かって「こわがらないで下さい。私は、帝都から来たシロディールで、デクマス・スコッティと言います。戦争後の再建のお手伝いをしに、ヴァレンウッドへと来ました。ですが、道に迷ってしまいまして」 「宝石の原石に、じっくりと焼かれた奴隷達…… 戦争」そのうめき声は、すすり泣きへと変わっていった。 「戦争について何か知っているんですか? 私は何も知らなくて。ここが国境からどれだけ離れてるかとかも知らないんです」と言ってスコッティは、ゆっくりとその木へと寄っていった。レグリウスの鞄を地面に置き、空いた手をそこに差し出した。「武器は持っていません。私はただ一番近くの街までの行き方を知りたいだけなんです。シルヴェナールで、リオデス・ジュラスという友人と会わなければならないんです」 「シルヴェナールだと!」と声は笑った。スコッティが木の周りを回っていると、さらに大きな笑い声が聞こえてきた。「虫とワイン! 虫とワイン! シルヴェナールの歌は、虫とワインのためだ!」 木の周りには何も見つけることができない。「どこなんです? どうして隠れているんですか?」 空腹と疲労でイライラが爆発し、彼は、その木の幹をたたいた。突然、木の空洞の上の方から、金色と赤色の小さなものが飛び出して来た。それは6つの翼を持った数インチたらずしかない生物で、スコッティは取り囲まれた。トンネルのようなこぶの両側に深紅色の眼がついており、口は常に半分開いていた。彼らに脚はなく、素早く羽ばたかせているその美しい薄い翼は太って張り出した腹を運んでいるかのようだった。しかし、彼らは、火花が散るような速さで、空中を俊敏に動くことができた。そして、かわいそうな事務員の周りをぐるぐる飛びながら、もはや全く意味不明な事を喋り出してしまった。 「ワインと虫、私は国境からどれだけ離れているのか! 学術的美辞麗句、ああ、リオデス・ジュラス!」 「こんにちは、私は武器を持っていなくて怖いよ。煙の巻きあがる炎と一番近い街は、親愛なるオブリビオン」 「太って悪い肉、藍で染めた光の輪、でも、私を怖がらなくていい!」 「どうしてあなたは隠れてるの? どうして隠れてるの? 友達になる前に、私を愛して、ズレイカ様!」 自分の言ったことを真似されるのに腹を立て、スコッティは腕を振り回して彼らを木の上へと追い払った。彼は足を踏み鳴らして森の開けたところまで戻り、数時間前にもそうしたように、レグリウスの鞄を開いて覗いた。もちろん、何か役に立ちそうなものも食べられそうなものも、その鞄のどのポケットにも入ってはいなかった。あるのは、かなりの量の金(ジャングルの中でも、金で問題解決できるだろうさ、と彼は皮肉気に前と同じく口元を歪めた)と、ていねいに畳まれた空白のヴァネック建設会社の契約書、何本かの細い縄、油を塗った防水具。「少なくとも……」とスコッティは思った。「雨の心配はいらないな」 雷のとどろく音が聞こえ、彼は、ここ何週間か思っていたことを確信した。自分は呪われている、と。 その後一時間の間、スコッティは鞄の中にあった防水具を着け、泥の中を這うように進んで行った。森は日光を通さないが、暴風雨には簡単に許してしまう。耳に入るのは、激しく降る雨の音に、頭上でひらひらと飛び、戯言を繰り返す例の生物の声だけだった。彼はその生物に怒鳴り声を上げ、石を投げつけたが、彼らはスコッティを気に入ってしまったようだ。 自分を悩ます奴らに投げつけようとスコッティが大きな石に手を掛けたそのとき、彼は足元がぐらつくのを感じた。雨で地面がぬかるんでいたため突然足元がすべり、潮のようになって、スコッティはまるで小さな木の葉のごとく上下逆さになりながら流されて行った。泥の洪水がおさまるまで、彼は滑り落ち、遂に、25フィート下の河に突っ込んだところで停止した。 嵐は、やって来たのと同じくらい唐突に去って行った。太陽が暗雲を吹き飛ばし、スコッティが海岸へと泳ぐ間、彼の体を温めてくれた。そこにも、カジートがヴァレンウッドを襲撃したことを示す気配があった。近くには小さな漁村があったが、最近になって打ち捨てられたのか、ほとんど活気は無く、死にたての屍のようにくすぶっていた。泥で作られた家も荒廃して灰に戻っており、かつてはそこに積み入れられていたであろう魚の匂いがこびり付いていた。イカダや小船は壊れたまま放置されており、半分が水に浸かってしまっていた。住民の姿はもはやなく、もし誰かいるのならば、死体か、遠くから避難して来た者だろうと思った。何かが廃墟の壁にぶつかる音が聞こえてきた。彼は急いで調べに行った。 「私の名前はデクマス・スコッティですか?」と1匹目の翼の生えた獣が歌った。「私はシロディールですか? ボクは帝都から来たのですか? 私は、戦争後のヴァレンウッド再建のため来たのですが、ここで迷子になってしまったのですか?」 「私は、膨れて、汚れて、猿頭だ!」ともう1匹の仲間が賛同した。「あなたはどこですか? どうして隠れているんですか?」 彼らが喋っているのを尻目に、スコッティは村の他の場所を調べ始めた。野良猫があちこちの物陰に乾ききった肉のかけらや、ひと口サイズの魚肉ソーセージなどを隠していた。しかし、猫たちはこんな壊滅的状態にありながらも汚れた身なりではなかった。食べ物もろくにないだろうに。歩いているうち、かつては石造りの小屋だったであろうあばら家の下から、使えそうな道具を見つけた。骨で出来た弓と2本の矢だ。弦はなくなっていた。火事で燃やされてしまったのだろう。彼はレグリウスの鞄から縄を取り出すと、それで修理した。 その作業の間、あの生き物たちが、彼の頭上を飛び回っていた。「聖リオデス・ジュラスの修道院か?」 「あなたは戦争について知っています! 虫とワイン、黄金色の主人を束縛しなさい、猿頭!」 弦を張り直して、弦を胸まできつく引いたまま弓をつがえて、ぐるりと回してみた。翼のついた獣たちは射手を前にした経験があったようで、霞のほうへ一目散に逃げ去った。スコッティが最初に放った矢は、3フィートほど飛んで地面の上に落ちた。彼は悪態をつき、矢を拾った。マネをする生き物たちは、腕の悪い射手を前にした経験もあったようだ。一度は退散した彼らはスコッティの頭上に戻って来て、嘲笑した。 二回目は、技術面に限って言えば、かなり上達した。彼はホアヴォアーの下から飛び出た時に、ファリネスティの射手達がどんな風に矢を用いていたか、どうやって全員が自分を狙っていたかを思い描いた。両腕を伸ばし、右肘を均等に引いた。弓を引くと右手が下顎をかすめた。矢が指先のように視界のあの生き物を指しているように見えた。しかし矢は的を2フィートほど外し、そのまま石壁に当たって折れた。 スコッティは河岸を歩いていた。もう矢は1本しか残されていなかった。動きの鈍い魚を見つけてこの矢で仕留めるのが現実的だと考えた。弦さえ壊れない限り、外した矢は何度でも河底から持って帰ればいいのだから。彼の前を、ひげのついた魚がゆったりと過ぎ去っていき、彼はそれに狙いを定めた。 「私の名前はデクマス・スコッティ!」あの生き物の1匹がうなり声をあげ、その魚を驚かせてしまった。「この、マヌケでアホな牛め! お前は火の中で踊れ!」 スコッティは、さっきと同じようにその生物を狙ってみた。今度はあの射手たちのような姿勢をとることが出来た。足幅は7インチ開き、膝は伸ばしたまま、右肩を後ろに引くのに合わせて左脚は心持ち前に出す。そして、彼は最後の矢を放った。 どうやら、この矢は例の生物をその矢で串刺しにしたまま廃墟の石の上で焼くのにも便利なようだ。仲間の死を目にした他の連中はすぐに退散してしまったので、彼は、静かに食事を楽しむことができた。その肉はとてもおいしく、一級品のものとなんら変わりがなかった。彼が最後の一口を矢から引き抜いていると、蛇行した河の向こう側から1隻の船が近付いて来るのが見えた。舵を握っているのはボズマーの船員だった。彼は、急いで岸に走り寄り、手を振った。彼らは、顔を背けたまま通り過ぎて行ってしまった。 「なんて残忍で冷酷な奴らだ!」とスコッティはわめいた。「この、悪人、悪党、悪漢、猿頭め!」 そのとき、灰色の頬ひげの男が1人、ハッチから顔を出した。すぐに、それがグルィフ・マロン、シロディールからのキャラバンで一緒だったあの詩人兼翻訳家だったと分かった。 マロンは彼のほうをじっと見てすぐに喜びで目を輝かせて言った。「スコッティ! 君に会えて嬉しいよ。そうだ、ムノリアダ・プレイ・バーの難解な一節について考えを聞かせていただきたい!『世界に涙を流そう、不思議な事物を求めて』で始まるのです。もちろんご存知でしょう?」 「グルィフ、もちろんムノリアダ・プレイ・バーについてお話ししたい」とスコッティは返した。「ではまず、その船に乗せてくれますか」 どんな港を目指していようが船に乗り込めたことに喜んでいようが、スコッティは約束を守る男であった。この船がボズマーの村々の焼け焦げた廃墟を通り過ぎながら河を下っていく間、彼は、何の質問もここ数週間の身の上話もせずに、マロンのアルドメリ神話の密義に関する自分なりの解釈をじっと聞いていた。彼は、学術的知識を要求することなく、単に頷いたり肩をすくめてみせたりするのも、教養ある会話の方法として受け取ってくれた。しかも、上の空にしている彼にワインや魚肉ゼリーさえ振る舞いながら、いくつもの論文を並べて講釈を垂れるのであった。 マロンが些細な引用をノートに探しているとき、ようやくスコッティは質問した、「講釈の内容には劣るのですが、この船は一体どこに向かっているんでしょう?」 「この地方の中心地区、シルヴェナールですよ」読んでいる一節から目も離さずに、マロンは答えた。「ちょっと厄介なのは、僕はまずウッドハースで、ディリス・ヤルミヒアッドが書いたものの原本を持っているというボズマーに会いに行きたかったんです。信じられます? そうは言っても、こうして待っている他はないんですが。ところで、サムーセット島は都市を包囲して、あそこが降伏するまで住民たちを飢えさせ続けるようです。いやな想像ですが、ボズマーは、喜んで共食いするでしょうね。最後に残った1人の太ったウッドエルフが旗を掲げることになる危険がありますよ」 「まったく面倒な話です」スコッティも同じ気持だった。「東の方では、カジートが何もかも焼き払っている。西の方では、ハイエルフが戦いを始めている。北の境界は大丈夫なのでしょうか?」 「もっと悪いですよ」といくらかこちらに気を向けて、マロンは答えた。「シロディールとレッドガードは、ボズマーの避難民を受け入れたがっていない。もちろん、理由はある。彼ら避難民は家も無ければ食物も無い。そんな彼らを受け入れたら、どれだけ犯罪が増えることか」 「そうですね」とちょっとした寒気を感じながら、スコッティは呟いた。「どうも、ヴァレンウッドに足止めされているようですね」 「まったくだ。出版社の方に新しい翻訳本の締め切りが近いと言われているので、早く行きたいのだが。シルヴェナールに特別国境警備の請願書を出せば、無事にシロディールに戻れるようですよ」 「シルヴェナールに請願するのですか? それとも、シルヴェナールで請願するのですか?」 「シルヴェナールでシルヴェナールに請願するんです。この地方独特の奇妙な言い回しで、翻訳家としても興味をそそられるところです。それで、シルヴェナールというのは、彼、いや、彼らと言った方がいいと思うが、彼らは、ボズマー達に最も近しい指導者なのです。で、彼らについて覚えておくべきことは……」とマロンは笑みを浮かべて、とある一節を探り当てた。「これだ。『14の夜、不可解な、世界は踊りだす』これもまた比喩ですな」 「シルヴェナールについて、何ですって?」とスコッティは尋ねた。「覚えておくべきこと、というのは?」 「そんなこと言ったかな」マロンはそう返すと、講義の続きに戻ってしまった。 それから1週間、船は浅瀬に何度かぶつかりながらも、ザイロ川の水面を泡立てながら緩やかに進んで行き、スコッティはシルヴェナールの街を初めて目にすることが出来た。ファリネスティが1本の木ならば、シルヴェナールは1輪の華である。緑、赤、青、白の落ち着いた陰影が壮大に積み重ねられて、水晶で出来た他の部分と共に輝いている。途端に、マロンは何も見ずにまくし立て始めた。こんな風にするのは、アルドメリの作詞法を解説する時くらいのものだ。「この街はこうして森の開けたところに華を開いているのだが、これは、何かの魔法や偶然によるものではない。と言うのも、ここに生えていた木々が半透明の樹液を流して、その樹液でこうして華やかな色の木々が固められて、そして、そこに街並みが造られたのです」そのマロンの説明は興味深いものだったが、スコッティには、この街の美しさを堪能している余裕は無かった。 「すみません、このあたりで一番豪華な宿屋は?」と彼は、ボズマーの船員に尋ねた。 「プリサラホールですよ」マロンが答えた。「私も一緒に泊まっていいですか? この近くに、知り合いの学者がいるんです。会えば、きっと君も気に入ると思うな。彼の家は家畜小屋みたいですけど、アルドメリ神話の氏族、つまりサルマチについては独自の解釈を持っていて──」 「状況が違えば、喜んで何でも受け入れるのですが」とスコッティは微笑んで言った。「でも、この数週間、ずっと地面や小汚い船の中で眠ったり、食べられる物は何でもかき集めたりしなくちゃならなかったんです。おまけに、忌々しい翼を生やした生き物にも、随分と寛大な態度で臨まなくちゃならなかった。明日か明後日あたりにはシロディールへ安全に帰れるように、シルヴェナールに頼みに行ってみます」 2人は互いに別れの挨拶を交わした。マロンは帝都にある出版社の住所を教えたが、スコッティは迅速にそれを忘れることにした。スコッティはシルヴェナールの街並みをぶらついたり、琥珀色の橋を渡ったり、石化した木々で出来た家々に感心したりした。そうして、銀色に輝く水晶で造られた、とりわけ立派な豪邸を見つけた。そこが、プリサラホールであった。 彼は最上級の部屋を頼むと、これも最上級の食事を大量に頼んだ。彼の着いたテーブルの近くでは、ひどく肥えた2人の男、1人はシロディールでもう1人はボズマーだが、ここの食事とシルヴェナール宮殿のものとどちらがおいしいかの議論を交わしながらも、議論の主題は、現在の戦争や資金繰りの問題、そして、この地方の橋の再建へと移って行った。片方の男がスコッティの視線に気付いたのか、彼の方を見返すと、何かに気付いたような目つきになった。 「スコッティか? なんてこった、どこにいたんだ? ここいらの契約、俺1人で取りまとめなくちゃならなかったんだぞ!」 その声には聞き覚えがあった。その太った男はリオデス・ジュラスで、やたらと食べていた。 物語(歴史小説) 赤1
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パルラ 第1巻 ヴォンヌ・ミエルスティード 著 パルラ。パル・ラ。初めてその名を聞いたときのことを覚えている。そこまで昔の話じゃない。ミル・コラップの西にある豪邸の“物語と獣脂の舞踏会”での出来事だった。私と魔術師ギルドの修練僧は思いがけず舞踏会に招待されたのだった。まあ、驚いて腰を抜かすということはなかった。ミル・コラップ── 第二紀に富裕層のリゾート地として栄えた街── には数えるほどの貴族しか暮らしていない。振り返ってみるに、神秘的な祝日には妖術師と魔術師がいたほうがさまになったということだろう。なんでもござれの小さなギルド修道院の生徒という以上の魅力が私たちにあったわけではなく、やはり、他の選択肢が限られていただけに過ぎない。 一年近くのあいだ、私にとって家と呼べる場所は、やたら広いだけでお粗末なミル・コラップ魔術師ギルドの敷地内の一角だった。唯一の仲間である同輩の修練僧たちも仕方がないからと私と付き合っているという感じで、師匠たちは、僻地のギルドで教えることを苦々しく思っていたため、その怒りを発散するように生徒をいじめ抜いた。 私はすぐに幻惑の流派に惹きつけられた。賢者は私のことを、科学的呪文だけでなくその哲学的基盤をも愛する有望な生徒と評してくれた。光や音や精神といった目に見えないエネルギーを歪めるという概念が、どことなく私の本分を刺激したのだろう。破壊や変性といったけばけばしい流派、回復や召喚のような聖なる流派、錬金や付呪といった実践的な流派、神秘のようなよくわからない流派、そのどれも私向きではなかった。ありふれたものをちょっとした魔法でそれ以上のものに見せかけることに、私は至上の喜びを感じたのだった。 その哲学を私の単調な暮らしに当てはめようとしたら、持てる以上の想像力が求められたろう。朝の授業のあと、私たちは雑用を命じられた。夜の授業まではまだ時間があったからだ。私の仕事は、最近亡くなったギルドの住人の書斎を片づけて、呪文の解説書、お守り、初期刊本といった遺品を分類することだった。 みじめで退屈な仕事だった。賢者テンディクスは筋金入りのがらくた収集家だった。なんの価値もなさそうなものを捨てようとするたびに、私は叱責された。しだいに、故人の所持品をしかるべき学部に届けられるようになった。回復の薬は回復の賢者へ、物理的現象の書物は変性の賢者へ、薬草や鉱物は錬金術師へ、魂の石と魔道具は付呪師へ。付呪師への配達をひとつすませると、毎度のことながらむげに扱われて、その場を去ろうとした。と、賢者イルサーに呼び止められた。 「ぼうず」と、かっぷくの良い老人は道具をひとつ、手渡してきた。「こいつを破壊しろ」 ルーン文字が刻み込まれた小ぶりの黒い円盤で、骨のような赤橙色の宝石の指輪で縁取りされていた。 「すみません、賢者」私は口ごもった。「あなたに見せておくべきだと思ったので」 「火にぶちこんで燃やしてしまえ」彼はぶっきらぼうに命じると、背を向けた。「ここには持ってこなかったことにしておけ」 私は興味をかき立てられた。というのも、イルサーにこうした反応を起こさせるものはひとつしかなかったからだ。死霊術。私は賢者テンディクスの書斎に戻って彼のメモを読みあさり、円盤に関する記述がないものか探した。残念ながら、ほとんどのメモは奇妙な暗号でしたためられていて、無力な私には解読できなかった。私はこの謎解きに夢中になり、夜の部屋の、賢者イルサーその人が教鞭をとる付呪の授業にも遅刻しかけた。 それからの数週間、私は時間を使い分けて、がらくたの山を分類し、届けものをし、円盤を調査した。自分の直感は正しかった。円盤はまさしく死霊術の秘宝だったのだ。メモの大部分は解読できずじまいだったが、私にははっきりとわかった。この円盤で愛する人を墓から蘇らせられると賢者は考えたのだ。 悲しいことに、その時がきた。分類が終わって部屋がすっきりと片づいたのだ。私は別の仕事をあてがわれた。ギルドが所有する野獣畜舎の手伝いだった。少なくとも、これでようやくギルドの修練僧といっしょに働けるわけだった。それから、ギルドにお使いにやってくる庶民や貴族と触れ合う機会も巡ってくる。かくして、私がこの仕事についているときに、「物語と獣脂の舞踏会」へのお誘いがギルドの全員に対して届けられたわけである。 華やかな夜になりそうだったが、それに花を添えるのが、ハンマーフェル出身の若くて豊かで未婚の孤児という女主人だった。つい1、2ヶ月前、帝都の片隅の森林地帯にあるさびれたわが街に、旧家の邸宅と土地を取り戻すために彼女はやってきた。ギルドの修練僧たちは老婦人のように、この謎めいた若い娘のうわさ話に花を咲かせた。彼女の両親に何が起きたのか。彼女はどうして祖国を去ったのか、それとも祖国を追われたのか。その名をベタニキーといい、私たちにわかっているのはそれだけだった。 私たちは誇らしげに入会の儀式の法衣を身につけ、舞踏会に臨んだ。壮麗な大理石のロビーで、従者が私たちの名前をひとりずつ読み上げた。貴族になったような気分だった。盛りあがりをみせる人々の輪の中心へ小走りに駆けていくと、盛大な賛辞を浴びせられた。もちろん、それが終わるともののみごとの誰からも相手にされなくなった。本質的には、私たちはどうでもよい存在で、頭数を増やすために舞踏会に呼ばれたにすぎない。「さくら」なのだ。 有力者たちが完ぺきな丁重さで私たちを押しのけていった。シャウディラ婦人がバルモラとの外交予定についてリムファーリン公と話し合っていた。オークの武将が笑い上戸のお姫様を強姦や略奪の話でもてなしていた。ギルドの3人の賢者は、痛々しいほどか細い貴族の未婚夫人といっしょに、ダガーフォールの幽霊のことを気にかけていた。帝都や各地の最高裁判所でのスキャンダルの噂について、彼らは分析し、そっと笑い飛ばし、やきもきし、乾杯し、はねつけ、評価し、軽んじ、警告し、覆した。私たちがそばにいても目をくれようともしなかった。幻惑のスキルで透明化しているかのように扱われた。 私はワインのビンを持ってテラスに出た。月が増えていた。空に浮かぶ月も、庭の巨大プールに照り映える月も、変わらぬくらいに明るい。プールの脇に立ち並ぶ白い大理石の彫像がその燃えるような光をとらえて、闇夜に浮かぶたいまつのように輝いていた。それはもう幻想的な光景で、私はうっとりと見とれていた。石となって永遠に生きつづける見知らぬレッドガードの像にも魅了されていた。女主人はまだ越してきたばかりのため、彫像のいくつかは、そよ風にはためく防水布がかけられたままになっていた。どのくらいそうしていたのかはわからないが、気がつくと私は独りではなかった。 彼女はとても小柄で浅黒かった。肌だけでなく着るものも。そのせいで影のように見えた。彼女が私のほうを向いた。とても美しく、若かった。せいぜい17歳といったところか。 「あなたが女主人様?」と、私はようやく訊いた。 「ええ」彼女は顔を赤らめてはにかんだ。「けど、私ったらひどい女主人ね。新しくお隣さんになった方々と中にいるべきなんでしょうけど。話題がかみ合わなそうなの」 「あの人たちが、私と話題がかみ合ってほしくないと思っているのは、もうはっきりしてますけどね」私は笑った。「魔術師ギルドで修練を卒業したら、もう少し平等な目で見てくれるんでしょうか」 「シロディールでは、何が平等なのかまだよくわからないの」彼女は顔をしかめた。「私の文化では力で認めさせるわ。期待してるだけじゃだめ。私の両親はふたりとも偉大な戦士だったの。私もそうなりたい」 彼女は視線を芝生に落としてから彫像に向けた。 「彫像のモデルはご両親ですか?」 「お父さんのパリオムよ」彼女はそう言って、等身大の像を身振りで示した。鍛えあげられた肉体を恥らうことなくさらけだし、もうひとりの戦士の喉をつかんで、すらりと伸びた剣でその首を斬り落とそうとしていた。現実味にあふれる描写だった。パリオムの顔はのっぺりしていて、狭い額が醜くすらあった。髪はぼさぼさで、無精ひげを生やしていた。歯並びの悪ささえ再現されていた。彫刻家がそういった誇張をすることは考えられない。実際のモデルの特徴を余すところなく表現しようとするのでなければ。 「それと、お母さん?」私はすぐそばの像を指差した。威厳のあるずんぐりした戦士の女性で、マンティラとスカーフを身につけ、子供を抱いていた。 「いやだわ」彼女はけらけらと笑った。「あれは私の叔父の昔の乳母よ。お母さんの像はまだ防水布がかかったままなの」 どうしてそんなことを口走ったのかわからないが、私は彼女が指差した像の防水布を取り払おうと言った。たぶん、そうなる運命だったのだ。それと、会話を続けたいというわがままな欲望からか。私は恐れていた。話題を提供できなければ彼女はパーティ会場に戻ってしまい、ふたたび独りで取り残されるかもしれない。最初、彼女はためらった。湿気が多く、急に冷え込むこともあるシロディールの気候に像をさらしてよいものかどうか思いあぐねているとのことだった。全部の像を防水布でおおうべきかもしれない、とも言った。ひょっとすると、彼女もただ会話を長引かせていただけで、私と同じように、よそよそしい会話でも止めたくなかったのかもしれない。できるだけパーティ会場には戻りたくなかったのだろう。 数分後、私たちは防水布をベタニキーの母親の像から取り外した。このときだった。私の人生が永遠に変わったのは。 彼女は飼いならされていない自然そのものだった。黒い大理石で作られた不恰好な怪物と取っ組み合い、雄たけびをあげ、すらりと伸びた華麗な指で怪物の顔を引っかいていた。怪物はその鉤爪で愛撫するように彼女の胸をわしづかみにし、致命傷を負わせようとしていた。お互いの脚をからみつかせて、さながらダンスをしているようだった。私は陶酔しきっていた。このしなやかだが力強い女性は表面的な基準でははかり知れない美しさをたたえていた。誰が彫刻したのであれ、女神の顔や姿だけでなく、その力や意志までもどうにかして表現してみせていた。悲壮感と高揚感のどちらも漂わせていた。私は瞬間的かつ宿命的な恋に落ちていた。 修練のひとりであるゲリンが会場を離れて背後から近づいてきたことにも私は気づかなかった。このとき、私が「神々しい」という言葉をつぶやいていたのは間違いない。というのも、ベタニキーが「ええ、神々しいわ」と、大陸の向こうから響くような声で返事をしたのが聞こえたからだ。「だから、雨風にはさらしたくないの」 それから、私ははっきりと耳にした。石が水に落ちたように。グレンがこう言ったのだ。「これはすごい。パルラ様ですね」 「お母さんのことを知ってるのね?」ベタニキーはグレンのほうを向きながら訊いた。 「出身がウェイレストなので。故郷はハンマーフェルとの国境沿いでしてね、あなたの母上のことを知らないものなどおりません。忌まわしい野獣の大地を馬で駆けめぐった勇猛果敢な女性ですから。あの戦いでお亡くなりになられたのでしたのよね?」 「ええ」と、彼女は悲しげに言った。「怪物を道連れにしてね」 しばらく、私たちは押し黙っていた。私はこれ以降、この晩のことをまるで覚えていない。翌日の夕食に招待されたような気もするが、私の魂と心は完ぺきに、そして永遠に、その像に奪われてしまっていた。ギルドに戻ってからも、私は熱に浮かされたような夢を見るばかりで、一睡もできなかった。白い光が散乱し、あらゆるものがぼやけて見えた。美しくも恐ろしいある女性を除いては。そう、パルラをだ。 小説・物語 緑3 パルラ 第2巻 ヴォンヌ・ミエルスティード 著 パルラ… パル… ラ… その名前は心に深く刻み込まれている。授業中、教官の言葉に集中しようとしている時も、気がつけばその名をささやいている。唇が無音の「パル」をかたどり、舌を軽く弾いて「ラ」を成す、あたかも目の前にいる彼女の霊に口づけをするが如く。乱心として自覚している点を除けば、あらゆる点において乱心の沙汰だ。恋に落ちたことは分っていた。彼女が気高い女レッドガードで、星も霞む程美しい猛烈な戦士だったことは分っていた。彼女の若い娘ベタニキーがギルドに程近い領主邸を受け継ぎ、そして彼女が私のことを好きな、ひょっとしたら夢中になっていることも分っていた。パルラが恐ろしい獣と戦い、殺したことも分っていた。パルラは死んでいることも分っていた。 前にも言ったが、乱心であることを自覚している、故に、狂っている訳ではない。確かなのは、愛しいパルラが怪物と繰り広げた最後の、恐ろしく、致命的な戦いの彫像を見に、ベタニキーの邸宅へ戻らなければならないことだ。 私は戻った、何度も何度も。もしベタニキーが同輩と違和感なく交流できる、違った性格を持った貴婦人であったなら、それほど戻る機会はなかったであろう。私の汚れた妄想に気付かない、無邪気な彼女は私との時を歓迎した。何時間も話し、笑い、そして毎回、光を反射する池の周りを散歩すると、必ず母親の彫像の前で息を忘れて立ちすくむ。 「先祖の一番輝いている姿をこのように残すのは素晴らしい伝統ですね」と、探るような彼女の視線を感じながら、私は言った。「また、職人も無比の腕前だ」 「信じてくれないでしょうけど」と、笑いながら彼女が言った。「曾祖父がこの習慣を始めた頃、ちょっとした騒ぎになったのよ。私たちレッドガードが家族を敬う気持ちは大きいのだけれど、私たちは戦士であって芸術家ではないわ。だから彼は、最初の彫像を作るために巡業していた芸術家を雇ったの。誰もが彫像を称賛したわ、芸術家がエルフであることが明らかになるまでは。サマーセット島から来たアルトマーだったの」 「それは大変だ!」 「そのとおり」ベタニキーはまじめに首を縦に振った。「あの気取ったエルフの手が、気高いレッドガード戦士の姿を作り出したと思うと、考えるのも嫌だし、冒とくだし、非礼だし、想像できるすべての悪に値するわね。でも、曾祖父の心は彫像の美しさしか見ていなかったの。最高のもので先祖を称える彼の哲学は私たちにも受け継がれているわ。種族文化に忠義を示せたとしても、劣る芸術家に親の彫像を作らせるなど考えもしなかったわ」 「どれもみな美しいです」そう私は言った。 「でも、私の母親の彫像が一番のお気に入りなのよね」と、彼女は笑いながら言った。「他の彫像を見ているようでも母の彫像を見ているものね。私のお気に入りでもあるのよ」 「もっと彼女のことを教えてくれませんか?」と、軽い声で、会話を交わすように問いかけた。 「母なら、自分はたいしたことないって言っただろうけど、彼女は素晴らしかったわ」と、娘は花壇の花を摘みながら語った。「私がまだ小さい頃に父親が死んだから、母はいろいろな役目を負ったけど、すべてを楽々とこなしたわ。私たちは沢山の事業を手がけているけれど、彼女はしっかりと運営していたわ、今の私など及ばないくらいにね。彼女が微笑みかけるだけで皆従ったし、意に反した人たちは酷い目にあったわ。気も利いたし、可愛らしくもあったけど、いざ戦いになったら恐ろしく強かった。数え切れないほど戦に出たけど、一瞬たりとも見捨てられたとか、愛されていないなんて思ったことはなかったわ。死にさえも勝てると思っていたわ。愚かなのは分ってる、でも、彼女がアレと戦いに行ったとき―― あの恐ろしい生物、いかれたウィザードの研究室から生まれた化け物、母が二度と帰ってこないなんて思ってもみなかった。彼女は友には優しく、敵には無慈悲だったわ。最高の女性だったの」 思い出から、可哀想なベタニキーの目には涙が溢れた。自分の歪んだ想いを満たすために、彼女の心をこれほど抉るとは、私は何と言う悪党なのだ? 私以上にシェオゴラスが困惑させた人間はいないであろう。自分が涙ぐんでいることに気付くと同時に、胸いっぱいに欲望が広がるのを感じた。女神のように見えるパルラは、娘の話からすると実際に女神だったのだろう。 その夜、床に就くために服を脱いでいたら、テンディクサス教官の研究室から数週間前に盗み出した黒い円盤を再発見した。その存在を半分忘れかけていたが、愛する者を生き返らせることができると魔術師が信じた死霊術の秘宝である。ほとんど本能的に、私はその円盤を胸に押し当て、「パルラ」とささやいていた。 一瞬にして部屋の中に寒気が充満し、白い吐息が空中に漂った。恐怖を感じ、私は円盤を落とした。判断力が戻るまでに少々時間が掛かったが、避け難い結論に達した: この秘宝は私の欲望を満たせる。 愛しい人をオブリビオンのしがらみから解放しようと明け方まで試みたが、無駄に終わった。私は死霊術師ではない。教官の誰かに手伝ってもらうことも考えてみたが、イルサー教官に円盤を処分するように命じられていたのを思い出した。もし彼らのもとへ行き、彼らが円盤を処分することになれば、私はギルドから追放されてしまう。そして、愛する人を呼び寄せる、唯一の鍵も失われてしまうことになる。 次の日、私はいつもの半無気力状態で教室にいた。イルサー教官自ら、彼の専門分野である付呪学についての講義を行っていた。彼の声には変化がなく、内容も退屈だったが、次の瞬間、教室からすべてが消え去り、私は光の王宮に居るような感覚に陥った。 「人々が私の分野の科学を想像する場合、彼らの大多数が発明の過程を想像します。魔力と呪文を融合させて物体に注入する。魔法の刃、または指輪の創作。しかし、熟練した付呪師は触媒の働きもします。何か新しいものを創作できる精神は、古いものから巨大な力を引き出すこともできるのです。初心者が暖かさを生み出せる指輪も、入門僧の手に掛かれば森林を灰の山にすることが可能です」と、含み笑いをしながら肥えた男は言った。「そのようなことを勧めている訳ではありません。それは破壊学の人達に任せましょう」 その週、修練僧は皆それぞれの専門分野を選択するよう求められた。私が、今まで愛してきた幻惑学に背を向けたことに、皆が驚いた。あのような上辺だけの魔法に愛着を持っていた自分のことをばかばかしく思えた。あの円盤の力を解き放つ手段となる付呪学に、今は、知力のすべてが注ぎ込まれている。 それからの数ヶ月間はほとんど寝なかった。自分を鼓舞し、力を与えるために、一週間のうち数時間をベタニキーや私の彫像とすごした。それ以外の時間は、付呪に関するすべてを学べるように、イルサー教官か彼の助手と一緒にすごした。彼らは私に、物体の中に蓄えられたマジカの真髄を教えてくれた。 「どれほど巧みに唱えても、どれほど華々しく唱えようとも、簡単な呪文でも、一度唱えてしまえば、はかない、そして今だけのものでしかない」と、ため息をつきながら、イルサー教官は言った。「しかし、居場所を与えれば、生きているようなエネルギーへと成長し、熟成され、そして成熟する。よって、未熟なものが手に入れても、そのエネルギーの表面をなでることしかできない。君は自分のことを、地面の奥深くへと潜りこんで、金脈の中心部を掘りあてる坑夫であると考えなさい」 毎晩、研究室が閉鎖した後に、学んだことを復習した。自分自身の力の増加を感じるとともに、また円盤の力も増大していた。「パルラ」そうささやきながら、ルーンに付いた小さなかすり傷や宝石の面に触れつつ、秘宝の奥深くへと潜りこんだ。時には彼女のすぐ近くまで行き、手が触れあうのを感じたこともある。しかし、必ず大きく暗い何かに念願の夢の実現を阻まれる、死の現実なのだろう。その後は必ず抗し難い腐敗臭が漂い、最近では隣の部屋の修練僧が文句を言い始めている。 とりあえず、「何かが床板の下に入りこんで死んだのでしょう」と、申し出た。 イルサー教官は私の学識を称賛し、さらなる研究のために、時間外でも彼の研究室を使うことを許してくれた。それにもかかわらず、何を学んでもパルラが近づいているとは到底思えなかった。ある晩、すべてが終わった。こう惚の中、彼女の名をうめき、あざができる程に円盤を胸に押し付けながら体を揺らしていると、窓から突然差し込んだ稲妻の光が集中を遮った。暴風雨がミル・コルップを覆った。雨戸を閉じて、机へと戻ると、円盤は粉々になっていた。 私は泣き狂い、そして笑った。莫大な時間と研究を注いだ後のこれ程大きな損失は、私の脆く壊れかかった心では受け止め切れなかった。熱にうなされながら、翌日と翌々日はベッドですごした。もし私が治癒師を多く抱える魔術師ギルドの一員でなかったら、おそらくこの世には居なかっただろう。実際、私は仲間の若い学者たちにとって良い研究対象だった。 やっと歩けるまで回復した私は、ベタニキーに会いに行った。彼女はいつもと変わらず魅力的で、一度も酷かったであろう私の顔色や見た目には触れなかった。ついに、池の周りの散歩を丁寧に、かつ堅く辞退したとき、彼女に心配する理由を与えてしまった。 「でも、彫像を見るのが大好きじゃない」と、彼女が叫んだ。 私は彼女に真実とそれ以上のことを話す義務があると感じた。「お嬢さん、私は彫像以上にあなたの母親を愛しています。あなたと一緒にあの神聖な彫像の覆いを解いたときからの数ヶ月、彼女以外のことは何も考えられずにいました。私のことをどう思っているかは分かりませんが、彼女を生き返らせる方法を学ぶことに心を奪われていたのです」 ベタニキーは目を見開いて私を見つめた。そして、ついに言った。「どんな悪趣味な冗談か分からないけど―― 出て行って欲しいわ」 「冗談だったらと願いました、信じてください。でも、私は失敗したのです。愛が足らなかったのではないと思います、なぜなら私以上に誰かを強く愛した人はいないからです。もしかしたら、付呪師としての技量が足らなかったのかもしれませんけど、決して修練不足からではありません!」自分の声が荒げ、怒鳴り散らしているのは分かっていたが、もう止められなかった。「ひょっとしたら、あなたの母と私が一度も会ったことがないのが原因かも知れません、でも死霊術の呪文は術者の愛だけが考慮されるはずだし。もう、何が原因だったのか分からない! もしかすると、あの恐ろしい生物、彼女を殺したあの怪物が何らかの呪いを死の間際に掛けたのかも知れない! 私はしくじったんだ! そして、理由も分からない!」 小さな女性からは考えられない、驚くべき速さと力でベタニキーは私に体当たりした。そして彼女は叫んだ、「出て行け!」私は扉から飛び出した。 彼女が叩きつけるように扉を閉める前に、私は惨めな謝罪をした。「本当に申し訳ない、ベタニキー、でもこれは考慮してください、あなたに母親を連れ返してあげたかったのです。乱心じみているのは分かっています、でも、私の人生の中で確かなのは一つだけ、それは、私はパルラを愛していることです」 彼女は閉まりかけていた扉を少しだけ開き、震えながら問いかけた。「誰を愛していたって?」 「パルラ!」と、私は神々に向かって叫んだ。 「私の母の」彼女は腹立たしげにささやいた。「名前はザーリス。パルラは怪物よ」 私は暫くの間閉じられた扉を見つめ続け、魔術師ギルドまでの長い道のりを歩き始めた。私の記憶は、ずっと以前に愛する人の名前を初めて耳にし、あの彫像に魅入った「物語と獣脂」舞踏会のことを、細部まで思い起こしていた。あのブレトンの修練僧、ゲリンが話していた。彼は私の後ろに立っていた。彼は女性のことではなく、獣の話をしていたのか? ミル・コルプの町はずれと交差する曲がり道を曲がったとき、それまで座って私を待っていた大きな影が地面から立ち上がった。 「パルラ」うめき声を上げた。「パル…ラ」 「くちづけを」それが、ほえた。 これで私の物語りは、今現在に追いつきました。愛は赤い、血のように。 小説・物語 茶2
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狂気の十六の協約 第六巻 ハーシーンの物語 常に尊大で高慢なオブリビオンの憤怒の王子は、年央月のある木曜日にスカイリムの極寒の頂に立ち、旨みのある話をハーシーンに持ちかけた。狩人の神はその日が自分の日であったために姿を現していて、シェオゴラスの大胆さが彼の興味をそそったのだ。 比類なき皮肉さを持つシェオゴラスは、クスクス笑う愚か者と、派手な作家、臆病な切断者を、自らの世界に押さえ込んでいる。憤怒の王子は得をしない駆け引きに精を出し、他者の混乱と悲劇と憤激がもたらす喜びに過ぎない無意味な流血を促すだろう。つまりシェオゴラスは、自分がハーシーンの好敵手を演じるためのお膳立てをしたのだ。 恥ずかしがりの王子はあわてることなく、争いを申し出た。それぞれの王子は、きっかり3年後に再びこの場所で会い、命懸けの戦いをするために、野獣を調教することになった。恐ろしい顔つきの陰に無表情さを浮かべてハーシーンは同意し、吹きだまりにわずかな雪のみを残して、王子たちはそれぞれの世界に去った。 ハーシーンは自信があったが、シェオゴラスが詐欺師であることも知っていたため、隠された世界において、密かに醜悪な物を育んだ。彼は太古のデイドロスを召喚し、邪悪な狼つきの呪いを吹き込んだのである。暗黒の心と尖った牙がもたらす恐怖は、ハーシーンの領内にいる偉大な狩人たちにとってさえ、とても言葉では言い表せない、他に類を見ない物だった。 3年目の定められていた日にハーシーンは戻ってきて、そこではシェオゴラスが足を組んで石にもたれかかり、口笛を吹いて、眠そうにしながらも辛抱強く待っていた。狩りの王子は槍を地面に刺し、うなり声を上げる不自然な巨獣を呼び出した。シェオゴラスはいつものように意味ありげに帽子を持ち上げて見せ、立ち上がって脇に身を寄せ、石の上に留まっていた色彩豊かな小鳥の姿を明らかにした。激しい突風の中で、小鳥はかろうじて聞こえる控えめな声でさえずった。 身をよじるようにして跳ねたデイドロスは石に飛びかかり、巨石があった場所にがれきのみを残した。勝利を確信した怪物の血まみれの口は、丸まってあざけるような笑みとなったが、控えめな歌がすがすがしい空気に漂った。小さな鳥は、怒り狂うデイドロスの鼻の周りを軽やかに跳ね回った。大きな獣の恐ろしげな両目の間で、ウロコに挟まった物をついばむちっぽけな生き物の姿を、穏やかな陽気さを浮かべてシェオゴラスは眺めた。憤激の吠え声を上げながら、狼めいた物は厄介者を引きちぎろうとして我を忘れた。争いは何時間も続き、ハーシーンは、自分が生み出した最良の獣が、無邪気な鳥を追い回すうちに次第に自滅していく姿を、恥ずかしげに見ていた。その間ずっと、鳥は自分だけに聞こえるぐらいの範囲内で悲しげな調べをさえずっていた。 激怒しながらも打ちのめされたハーシーンは、ズタズタになった獣の死体を焼き、忘れられた言葉で悪態をつきながら、自分の世界に引き下がった。彼の呪いは今でもその頂にとどまっているため、ぼんやりと見えるその高地に込められた彼の激怒を恐れて、旅の者は誰もが素早く通り過ぎようとする。 シェオゴラスは振り返り、自分の肩に留まるよう、小さな鳴き鳥に手招きしてから、アビシアン海岸の暖かいそよ風と鮮やかな日の光を目指して、ゆっくりと山を下りた。タムリエルで最も小さなチャンピオンがさえずる調べに合わせて、口笛を吹きながら。 SI 神話・宗教 茶4 狂気の十六の協約 第九巻 ヴァーミルナの物語 ダリアス・シャノは気がつけば全力で走っていた。 一体何から逃げているのか、あるいはどこに向かっているのか自分でも分かっていなかったが、構わなかった。欲望が心を支配していた。逃亡すること以外に、この世には何もなかった。身を置くことができる場所、あるいは目標地点として使える場所を求めて辺りを見回してみたが、無駄だった。見渡す限りどこまでも、これまで駆け抜けてきたのと同じ平凡な草原が続いていた。「とにかく走り続けよう」と彼は思った。「できる限り速く走らなければ」。彼はひたすら走り続けた。視界にも心にも、何の目当てもないまま…… 静かに寝床に横たわるダリアス・シャノのそばに立って見下ろすのは、彼の女主人である夢の織り手ヴァーミルナと、マッドゴッドのシェオゴラスだった。ヴァーミルナは弟子である彼を誇らしげに見下ろし、自分の小さな宝石について自慢げな様子だった。 「この者には素晴らしい可能性がある! 私が夢の刺激を通じて文才を育んで結実させたおかげで、今や彼は新しい歌人および詩人として喝采を浴びている! きっと、私が飽き飽きしないうちに、大いなる支持を獲得するでしょうね」。シェオゴラスもまた、若きブレトンの芸術家をじっと見つめ、彼が人間たちの間で実に有名であることを見て取った。 「ふうむ」シェオゴラスが考え込み、「お前が作ったこの人間を憎む者は何人いる? その憎しみは、人間たちが愛ではなく偉大さを支持するが故の物だ。これを完成させられるのは確かなのか?」 ヴァーミルナが少し顔を曇らせた。「そうね。人間たちは本当に愚かでつまらない行動に出ることが良くあるし、最も勇敢な者たちの多くが嫌悪されていることも事実だわ。でも心配しないで。この者にはいろんな形での偉大さを達成させ、他の者たちには憎しみを手に入れさせる力が私にはあるから」 「夢の織り手よ、その力を持つのが誰であるかを示せたら、愉快だと思わないか? この人間に対する愚かでごう慢な憎しみを10年間かき立ててくれたら、私も同じようにしよう。そうすれば、いかなるデイドラからの助力や邪魔立てにも頼らずに、誰の才能が最も効果的なのか、分かるという物だ」 これを聞いて、彼女は自信ありげな喜びの表情を浮かべた。「マッドゴッドの力は確かに強大だけど、この任務は私のスキルに向いているわ。人間たちは憤怒に強い嫌悪を感じるけど、憎むほどだと思うことはまずない。私はこの人間の潜在意識からもっと微妙な恐怖を引き出すことができるし、そのことをあなたに示せるのを楽しみにしてるわ」 そうして、人生の19年目にダリアス・シャノが体験していた夢は、変化し始めた。彼にとって恐怖は常に夜の一部であったのだが、今やそこには別の何かがあった。暗闇が彼の眠りに忍び込むようになり、その暗闇があらゆる感情と色を吸い尽くして、空しさだけを残したのだ。それが起きた時、彼は叫び声を上げようとして口を開いたのだが、暗闇が声までも奪ってしまったことに気がついた。今や彼には恐怖心と空虚さしかなく、夜はいつも、死についての新たな理解で彼を満たすのだった。それでも、目覚めるともう恐怖心はなかった。女主人には何か目的があることを、彼は信じていたからだ。 実際、ある晩、ヴァーミルナ自身が虚空から姿を現したのだ。彼女はかがみ込んで、彼の耳にささやきかけた。 「気をつけなさい、愛する者よ!」。それと同時に彼女は虚空を消し去り、それからは毎晩延々と、自然界における最も恐ろしい猟奇的な光景をダリアスに見せた。人間たちが皮をはがれて他の人間たちに生きたまま食べられたり、いくつもの手足と口を持つような想像を絶する獣が現れたり、全人類が焼き尽くされたりして、彼の夜はいつも叫び声に満ちることになった。やがてそれらの光景が彼の魂をむしばみ始め、悪夢に登場する者たちが彼の作品の中に取り込まれるようになっていった。夜に見た光景がページの上に再生され、彼の作品に描かれている極度の残虐性と虚しい背徳の世界は、大衆に反感を抱かせると同時に魅了する物でもあった。あらゆる細かなことにまで反感を覚えては、彼らは大いに喜んだ。彼の衝撃的な作品をあからさまに楽しむ者たちもいたが、そういった一部の者たちからの人気は、彼を嫌悪する者たちの憎しみをかき立てるだけだった。そんなことが何年か続くうち、ダリアスの悪名は着実に高まった。そして、人生の29年目に入った時、何の前触れもなしに、夢と悪夢はぴたりと止んでしまったのだった。 夜ごとの苦悩から解放されて、ダリアスは重荷が取り除かれたように感じたが、混乱もしていた。「何か、女主人の気に障ることをしてしまったんだろうか?」と、彼は声に出して悩んだ。「なぜ彼女は僕を見捨てたのだろう?」。ヴァーミルナは決して彼の祈りに答えなかった。誰も答える者がいないまま、不安な夢は消え去り、ダリアスは長く深い眠りに落ちた。 ダリアス・シャノの作品に寄せられた興味は次第に薄れていった。彼の散文は新鮮みを失い、かつてのような衝撃や怒りを誘発することはなくなった。その悪名と恐ろしい夢の記憶が消えていくに従い、心の中で疑問が駆けめぐり、やがて、かつての女主人ヴァーミルナに対する憤りを彼は感じるようになった。憤りは憎しみとなり、憎しみはあざけりとなり、やがてあざけりが不信となった。ヴァーミルナは彼に全く話しかけていなかったということが、次第に明らかになった。彼の夢は、病んだ心が自らを正そうとして生み出された物に過ぎなかったのだ。彼は自分の潜在意識に欺かれ、怒りと恥辱に圧倒されたのだ。かつて神と会話を交わしたはずの男の心は、確実に異教へと向かっていった。 敵意、疑念、冒とく的な心がやがてダリアスの中で結集し、その後のすべての作品を貫く創造的な哲学となった。彼は神々に挑み、彼らを崇拝するという堕落した状態にある幼稚な大衆にも挑んだ。誰に対しても全く容赦せず、屈折した風刺で彼らを嘲笑した。本当に存在するなら自分を打ち倒してみろと、彼は公然と神々に挑み、そのような天罰が下されないと見るや、さらに彼らを冷笑した。これらすべてのことに対して、人々は、以前の彼の作品に対して示したそれを圧倒的に上回る憤激を持って反応した。以前の彼の作品は人の感性のみを傷つける物だったが、今や人々の心に直接的に攻撃を加えていた。 彼の作品は規模も激しさも大きくなっていった。寺院、貴族、一般人など、すべてが彼の侮蔑の対象になった。39歳になった時、ついにダリアスは「最も高貴な愚か者」という作品を書き、皇帝神タイバー・セプティムが哀れな九大神教団に溶け込んだことをあざ笑った。やはりこの成り上がり者によって過去に侮辱されていた地元ダエニアの王は、これが好機だと感じた。帝国に対する冒とく的行為によりダリアス・シャノは、喝采を送るたくさんの群衆の前で、儀式用の剣によって処刑された。彼の最後の辛らつな言葉が、血まみれの口からゴボゴボと吐き出された。 最初の賭けから20年後、ヴァーミルナとシェオゴラスは、首を失ったダリアス・シャノの死体を挟んで出会った。夢の織り手はこの再会を待ち望んでいた。行動を起こさなかったデイドラの王子と対決する時を、何年も待っていたのだ。 「あなたにはだまされたわ、シェオゴラス! 約束した私のほうの半分は実行したのに、あなたに与えられた10年間、一度もあの人間に接触しなかったでしょう。彼の偉大さは、あなた自身にも、あなたの才能にも、あなたの影響にも、まるで恩恵を受けていないわ!」 「ばかばかしい」とマッドゴッドがしわがれ声で言った。「私はずっと彼についていた! お前の時間が終わって私の時間が始まった時、彼の耳にささやきかけたお前の声は、静寂に代わった。彼が最も大きな安らぎと意義を得ていたそのささやきへのつながりを断つことにより、あの生物が死に物狂いで求めていた注目を抑えさせたのだ。女主人を失ったこの男の個性は、恨みと憎しみによって成熟することになった。彼の敵意は完全な物となり、怒りによって増幅された憤怒に圧倒されて、彼は永遠の召使いとして我が世界で私を楽しませることになった」 シェオゴラスは振り向き、傍らの虚空に向かって語りかけた。 「実際、ダリアス・シャノは輝かしい人間だった。人々にも、王にも、そして彼が冷笑した神々にまで、嫌悪されていた。勝ったのは私だから、ヴァーミルナの信奉者を60人、我が軍に受け入れることにしよう。夢見る者たちはやがて、マッドマンとして目覚めるだろう。 こうしてシェオゴラスは、憤怒がなければ夢はなく、創造もないことをヴァーミルナに教えたのだった。ヴァーミルナは決してこの教訓を忘れないだろう。 SI 神話・宗教 茶4 狂気の十六の協約 第十二巻 マラキャスの物語 オルシニウムの発見が為される前の時代、疎外されていたオークの民は、我々の時代における彼らの子孫が慣れているそれよりずっと厳しくおびただしい追放と迫害の対象となっていた。そのため多くのオーシマーのチャンピオンが、同胞の増殖のために境界を強化しながら旅をした。たくさんのチャンピオンたちが今でも語りぐさとなっており、その呪いの軍団には、無毛のグロンマと、気高いエンメグ・グロ=カイラも含まれている。後者の聖戦士は、あるデイドラの王子たちに目をつけられることがなければ、タムリエル中に知られる伝説的存在へと間違いなくのし上がっていたはずである。 エンメグ・グロ=カイラはある若い女性の庶子として生まれたが、母親は彼の出産と共に亡くなっていた。そのため、現在はノルマル高地と呼ばれている山に住む彼の部族、グリリカマウグの、シャーマンに育てられることになった。15歳の後半になってから、エンメグは部族における成人の儀式に従い、手の込んだウロコ鎧を一式、自分で鍛造して作った。ある風の強い日、エンメグは最後の鋲を打ち込み、分厚い外套の上に重いマントを羽織って、村から永遠に旅立った。隊商を盗賊の手から守ったり、奴隷にされた獣人を解放したりといった英雄的行為の噂が、常に故郷にまで届いた。気高いオークの聖戦士の噂はブレトンの者たちにまで喜々として語られるようになったが、わずかばかりの恐怖心を伴って伝えられることも多かった。 成人に達してから2年も経っていなかったある晩、グロ=カイラがテントを張っていると、どんよりとした闇の中から呼びかけるか細い声が聞こえた。明らかにオークの者ではない口から自分の部族の言葉が出るのを聞いて、彼は驚いた。 「カイラ卿よ」と声は語りかけ、「お前の功績が多くの者たちの口に伝っており、私の耳にも届いたのだ」。エンメグが暗闇に目をこらすと、ぼんやりとしたたき火に揺らめくように、外套をまとった者のシルエットがどうにか見えた。声のみで判断すると、侵入者は老婆かと思われたのだが、細かい所までは何も分からないものの、どうやらきゃしゃでひょろっとした体つきの男がそこにいるようだった。 「そうかもしれません。」と、慎重なオークは答え、「しかし私は栄光を求めてはいません。あなたは誰なのですか?」 質問を無視して、そのよそ者は話を続けた。「にもかかわらず、オーシマーよ、栄光はお前にもたらされた。そしてそれに見合う贈り物を私は携えている」。訪問者は外套をわずかに開き、淡い月の光にかすかにきらめくボタンだけをのぞかせながら、一つの包みを取り出し、二人の間にあるたき火のそばに放り投げた。その物に巻かれたぼろ切れを注意深く取り除くと、凝った装飾の柄を持つ、幅の広い弓なりの刃が出てきて、エンメグは驚嘆した。剣はずっしりと重く、実際に振ってみると、手の込んだ柄がかなりの重さを持つ刃とのバランスを保つという実用的な役割を果たしていることが、エンメグには分かった。今の状態では特にどうということがないようにも見えるが、汚れを落とし、取れてしまっている宝石を元通りにすれば、自分の十倍もの評価を持つチャンピオンにもふさわしい剣になるだろうと思われた。 「剣の名はネブ=クレセンだ」と、その価値を認めて顔を輝かせるグロ=カイラを見ながら、やせたよそ者が言った。「私は暖かい地方で、1頭の馬とある秘密とを差し出して、それを手に入れた。だがこの年齢になっては、そんな武器を持ち上げられるだけでも幸運というものだ。お前のような者に渡すことこそ、正しいことと言えるだろう。その剣を手にすれば、お前の人生は永遠に変わることになる」。鍛え上げられた弓なりの鋼鉄に夢中になる気持ちをひとまず抑え、エンメグは訪問者に注意を戻した。 「お言葉はもっともですが、ご老人、」あえて疑念を隠さずにエンメグが言った「私も馬鹿ではありません。交換によってこの剣を手に入れたのなら、今夜もまた、何かと交換するつもりでしょう。望みは何です?」。よそ者が肩の力を抜き、黄昏時にやってきた真の目的を明らかにしてくれたので、エンメグは喜んだ。よそ者と一緒にしばらく座り込んだ後、風変わりな武器との交換品として、たくさんの毛皮と、温かい食事、一握りの硬貨を彼に差し出した。朝が来る前に、よそ者は去っていった。 エンメグがよそ者と出会った翌週は、ネブ=クレセンが鞘から抜かれることはなかった。森で敵に遭遇することはなかったし、食事は弓矢で捕まえた鳥や小さめの獲物で賄っていたからだ。安らかでいられることが心地よかったが、7日目の朝、低く垂れ下がった大枝の間にまだ霧が立ち込めていた頃、深い雪と森の堆積物をザクザクと踏みしだく確かな足音が近くで発せられているのを、エンメグの耳は聞き取った。 エンメグは鼻の穴をひくひくさせてみたが、彼のほうが風上だった。訪問者の姿も匂いも分からず、しかも自分の匂いがそよ風に乗ってその相手のほうへと流れていることを知ったエンメグは警戒を強め、ネブ=クレセンを慎重に鞘から抜いた。次に何が起きたのか、エンメグ自身にも完全には分からなかった。 ネブ=クレセンを抜いてからの最初の記憶としてエンメグ・グロ=カイラの意識に残っているのは、弓なりの剣が目の前でさっと振られ、森の地面を覆う汚れなき粉雪に血が飛び散った光景だった。次に記憶にあるのは、激しく血を欲する感情が自分に忍び寄ってきたことだったが、その時になって初めて、彼は犠牲となった者の姿を目にしたのだった。それはおそらく彼より少し若いと思われるオークの女性で、その身体には、屈強な男を10回は殺せるほどのむごたらしい傷が一面についていた。 それまで彼を包んでいた狂気を嫌悪感が圧倒し、自らの全意志に後押しされるような形で彼は握りしめていたネブ=クレセンを放り投げた。耳障りな音を立てながら剣は宙を切り裂き、雪の吹き溜まりに埋まった。恥ずかしさと恐怖を感じたエンメグは、昇る太陽からの批判の視線を避けるかのように外套の頭巾で顔を隠して、その場から逃げ去った。 エンメグ・グロ=カイラが同族の一人を殺害した現場は、ゾッとするような有り様だった。死体の首から下は見分けもつかないほど斬りつけられて損なわれていたのに、無傷の顔は絶望的な恐怖の表情をしたまま凍りついていたのだ。 この場所でシェオゴラスがある儀式を行ってマラキャスを召喚して、デイドラの主である二人は、ひどく損なわれた死体の前で問い詰め合った。 「なぜこれを私に見せるのだ、マッドゴッド?」。言葉を失うほど激怒していた状態から立ち直って、マラキャスが口を開いた。「我が子らの殺害を嘆き悲しむ姿を眺めて、楽しもうとでも言うのか?」。ガラガラとした声を轟かせながらそう言うと、オーシマーの守護者である彼は責めるような目で相手を見つめた。 「生まれに関しては、彼女はお前の物だ。落ちこぼれの兄弟よ」。いかめしい顔つきと態度でシェオゴラスが話し始めた。「だが自らの習性により、彼女は私の娘になったのだ。私の悲嘆は決してお前のそれに劣る物ではないし、憤激もまた然りだ」 「それはどうか分からないが、」マラキャスが声を轟かせ「この罪に対する報復が私の役割であることは確かだ。貴様との争いなど望んではいない。下がっていてくれ」。恐怖の王子が押しのけて通り過ぎようとすると、シェオゴラス閣下が再び話し始めた。 「お前の報復を邪魔するつもりは全くない。実際、私はお前を助けたいのだ。この荒野には私の召使いがいて、我々の共通の敵がどこにいるのかを教えることができる。ただ、お前には私が選んだ武器を使ってもらいたい。私の剣で罪人を傷つけて、私の平面へと追いやって、私自身の罰を受けさせてやって欲しい。名誉のための殺人をする権利は、お前にある」 その申し出にマラキャスは同意し、幅広の剣をシェオゴラスから受け取ってその場を後にした。 マラキャスは殺害者の行く手に姿を現した。外套を身にまとった彼の姿は、猛吹雪の中にかすんで見えた。周囲の木をしおれさせるほど汚らわしい悪態の言葉をがなり立てながら、マラキャスは剣を抜き、野生の狐よりも素早く相手との距離を縮めていった。烈火のごとく怒った彼は滑らかな弧を描くようにして剣を振り、敵の首をきれいに切り払った。さらにその刃を胸に突き刺して柄の部分まで押し込み、血が噴き出すのを抑えたため、ウロコ鎧と重い外套の下で赤い泡の染みがじわじわと広がっていった。 予期せぬ慌ただしさと憤激を込めて殺害を行ったマラキャスは息を切らし、激しく傷ついて仰向けに倒れた死体と、大きな平たい石の上に無様に乗っかった首を前にして、片膝をついて休んだ。すると突然、静寂を打ち破る音が聞こえてきた。 「わ、悪かった……」。そう吐き出した声は、エンメグ・グロ=カイラの物だった。マラキャスが目を見開き、切断された頭を見つめると、傷口から血が染み出しているというのに、まだそれが生きていることが分かった。その瞳は激しく揺れ動き、前にいるマラキャスの姿に焦点を合わせようとしていた。かつて誇りに満ちていたチャンピオンの瞳は、深い悲しみと苦しみ、そして混乱がもたらす涙で一杯になっていた。 恐ろしいことに、ここに至って初めてマラキャスはあることに気がついた。彼が殺した男は、彼にとってオーシマーの子の一人であるというだけでなく、文字どおり、彼が今から幾年か前にあるオークの乙女に授けた息子だったのだ。落胆と衝撃に包まれて、二人はしばらくの間、痛々しく見つめ合った。 やがて、油を塗った鉄のごとき静けさで、シェオゴラスがその空き地まで歩いてやって来た。そしてエンメグ・グロ=カイラの切断された首を持ち上げ、小さな灰色の袋に放り込んだ。シェオゴラスはネブ=クレセンを死体から引き抜くと、背を向けて去っていった。マラキャスは立ち上がりかけたが、取り返しがつかないほど我が子を破滅させてシェオゴラスの領域へと送ってしまったことを知り、再びひざまずいた。そして、しわがれた声で弁明をする息子の声が凍える地平線へと消えていく中で、己の失敗を嘆き続けたのだった。 SI 神話・宗教 茶4
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狼の女王 第1巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀63年 この年の秋、皇太子ペラギウスはカムローンの都市国家ハイ・ロックへ出向いた。皇帝タイバー・セプティムの姪が女皇キンタイラであり、その息子が皇太子ユリエルで、ペラギウスはそのユリエルの子である。彼は、ハイ・ロックの王ヴァルステッドの娘に求婚に来たのだった。この王女の名はクインティラといい、タムリエルで一番と言われる美貌の持ち主であった。彼女は女性らしい作法を完ぺきに身に付けており、また優れた妖術師でもあった。 ペラギウスは11年前に前の妻を亡くしており、アンティオカスという名の男の子がいた。ペラギウスがハイ・ロックに来たとき、この都市国家には巨大な狼の姿をした悪魔が住みつき、人々から恐れられていた。ペラギウスは、クインティラに求婚する前に彼女とともにこの怪物を倒し王国を救うことになった。彼の剣と彼女の妖術によって狼は殺され、クインティラは神秘によって狼の魂を宝石の中に封印した。ペラギウスはその宝石を使って指輪を作らせ、クインティラと結婚した。 しかし、狼の魂は皇太子夫妻に最初の子が生まれるまでの間、彼らにつきまとっていたといわれる。 第三紀80年 「陛下、ソリチュードから大使が到着しました」執事のバルヴァスが耳打ちした。 「夕食の途中にか?」と、皇帝は不満そうにつぶやいた。「待つように伝えろ」 「いえ、父上、お会いになったほうがいいですよ」と、ペラギウスは立ち上がりながら言った。「相手を待たせたら、相手に不利なことを言いづらくなるんです。外交上よくありません」 「それならここにいろ。お前は私よりずっと外交がうまいのだから。家族がここに揃っていなければ」と、皇帝ユリエル二世は言いかけて、夕食の席にずいぶん人が少ないことに気付いた。「妻はどこだ?」 「キナレスの主席司祭と寝ています」というのが本当のところだったが、ペラギウスは皇帝の言ったとおり外交に長けていた。彼は言った。「礼拝中です」 「お前の兄弟たちはどうした?」 「アミエルはファーストホールドへ、魔術師ギルドの大賢者に会いに行っています。ガラナは、ナルシスの公爵と婚礼の準備をしていますよ。もちろん、このことは大使には言わないでおきましょう。彼はガラナがソリチュードの王と結婚すると思ってますから。彼には、ガラナは温泉へ行って伝染病のできものを取ってもらっているとでも言っておきましょうか。そう言っておけば、王と結婚させようとは思わなくなるでしょう。いくら政治的に得があっても」ペラギウスは笑った。「ノルドはできもののある女性が大嫌いですからね」 「しかし何てことだ、たくさんの家族に囲まれていたかったのに、これでは一番近しい家族にすら見捨てられた嫌われ者の老人みたいじゃないか」と、皇帝は怒った声で言ったが、的確な表現だった。「お前の妻は? それに孫たちはどこにいるんだ?」 「クインティラは、子供部屋でセフォラスとマグナスと一緒です。アンティオカスは帝都で娼婦とでも遊んでいるんでしょう。ポテマはどこにいるのか知りませんが、多分勉強部屋でしょう。父上は、まわりに子供がいるのはお嫌いかと思ってたんですが」 「陰気な部屋で大使と会わねばならんときには、まわりに子供がいたほうがいい」皇帝はため息をついた。「空気が、何というか、純粋で文化的な感じになるからな。ああ、いまいましい大使のやつをここへ呼べ」と、皇帝はバルヴァスに命じた。 そのころ、ポテマは退屈していた。帝都州はちょうど冬、雨季の最中で、帝都の通りや庭園はどこも水浸しだった。彼女には、雨が降っていなかった頃のことが思い出せなかった。前に太陽を見たのは数日前のことだったか、それともこの雨はもう数週間や数ヶ月降り続いているのだろうか? 王宮を照らすたいまつの灯がちらちらと揺れて時間の感覚を忘れさせ、激しい雨の音を聞きながら大理石の廊下を歩いていると、ポテマの頭の中には退屈だという感覚以外何もなくなっていた。 今ごろ、家庭教師のアセフェがポテマを探しているはずだった。ポテマは普段、勉強は嫌いではなかった。彼女は何でも簡単に暗記できたのだ。誰もいない舞踏場を歩きながら、彼女は自分に問題を出した。オルシニウム陥落は何年? 第一紀980年。タムリエルに関する論文の作者は? コセイ。タイバー・セプティムが生まれたのは? 第二紀288年。現在のダガーフォールの王は? 答えは、モーティン、つまりゴスリアの息子である。現在のシルヴェナールの王は? 答えは、ヴァーバレンス、つまりヴァーバリルの息子である。リルモスの将軍は? ひっかけ問題である。答えは女性、名前はアイオアである。 私がよい子にしていて、やっかいごとを起こさず、家庭教師が私のことをすごく優秀だと言って、それで何になるのだろう? お父様とお母様は、デイドラのカタナを買ってくれると約束したのに、後になってそんな約束した覚えがないとか、女の子には危なすぎるとか、高すぎるとか言って結局買ってくれなかった。 皇帝の迎賓室から、話し声が聞こえていた。彼女の父と、祖父と、ノルド特有の妙な訛りのある男の声だった。ポテマは以前、舞踏場にある壁掛けの後ろの石造りの壁の石の一つを、とれやすく細工していた。彼女はその石をどけ、隣の部屋の会話に聞き耳を立てた。 「率直に申し上げます、皇帝陛下」ノルドの男の声が言った。「私の主、ソリチュード国王は、ガラナ姫がオークでなくてもかまわないと申しております。王は皇帝家と婚戚関係を結ぶことを望んでおり、そして、陛下も以前、それに同意されました。もし、この婚約を破棄されるのなら、トルヴァリでのカジートの反乱を鎮圧する際に我が王が負担した何百万ゴールドという金を返していただきたい。そういう契約が結ばれたはずです。陛下は約束を守ると誓われたではありませんか」 「そのような契約には覚えがありませんが」と、父の声が言った。「そんな約束をしたのですか、陛下?」 何かぶつぶつ言う声が聞こえた。祖父である老いた皇帝の声だとポテマは思った。 「記録の間へ出向いて確かめたほうがいいかもしれませんな、私の記憶違いかもしれませんから」ノルドの声には皮肉が込められていた。「そこに保管されている契約書に、皇帝陛下の印がしっかり押されていたのを記憶しておるのですがね。実際、私の勘違いということも」 「記録の間へ使いを出して、あなたのおっしゃっている文書を持ってこさせましょう」と、父の声が答えた。非情で、相手をいなすような、父が約束をやぶるときの口調だった。ポテマはその口調をいつも聞かされていたのだ。彼女は壁の石を元に戻すと、急いで舞踏場を出た。使いの従者は普段から年老いた皇帝の使いばかりしているため、歩くのがひどく遅いことを彼女は知っていた。ポテマは急ぎ、すぐに記録の間の前まで来た。 重厚な黒檀の扉は当然施錠されていたが、彼女には何の問題もなかった。一年前、母親のメイドをしているボスマーが宝石をくすねているのを見咎め、黙っている約束と引き換えに錠前破りのやり方を教えてもらったことがあったのだ。ポテマは自分の赤いダイヤのブローチから針を2本引抜き、1本の針を錠前に差込んで、手を動かさないようにしながら中の金具や溝の形状を探り、覚えた。 それぞれの錠前は、特有の形状を持っているのだ。 食糧貯蔵庫の錠前:自由に動く6つのタンブラーと、固定された7つ目のタンブラー、それにかんぬき。彼女は遊びでその錠を破ったことがあったが、もし彼女がそこにある食料に毒を入れていたら、今頃皇帝家は死に絶えていただろう。彼女はそう考え、にやりとした。 兄のアンティオカスがカジートのポルノを隠している場所の錠前:2つの自由に動かせるタンブラーと、お粗末な毒針の罠だけ。この罠は、釣り合い錘を押さえればすぐ壊せる。この錠前を破ったことは、大きな利益を呼んだ。恥を知らないように見えるあのアンティオカスが、あんなに簡単に脅迫できるとは。実際のところ、彼女はまだ12歳で、それらのポルノの中のカジートやシロディール人の痴態は何か非現実的なものにしか見えていなかった。それでも、アンティオカスはダイヤのブローチで彼女の口を封じなければならず、それは彼女の宝物になった。 彼女の錠前破りは一度もばれなかった。アークメイジの部屋に忍び込んで一番古い呪文の本を盗み出したときも。マグナスの誕生を祝う式典の朝、ギレインの王が泊まっている客用の寝室から王冠を盗み出したときも。こういったいたずらで彼女の家族を困らせるのは簡単すぎるほど簡単だった。しかし、今回は、皇帝が重要な会談で使う文書を盗み出すのだ。それも、誰よりも先に。 しかし、ここの錠前は今まで開けた中で一番難しかった。彼女は二股に分かれた掛け金を脇へ押しやりながら針で何度もタンブラーをいじり、釣り合い錘を叩いた。30秒近くかかって、やっと扉を開くことができた。記録の間は、エルダースクロールの保管されている場所だった。 文書は年代や地方、王国によって分類され整理されており、ポテマはすぐに目的の文書を見つけることができた。『神の恩寵によってタムリエルの聖シロディール皇帝ユリエル・セプティム二世陛下およびその娘ガラナ姫とソリチュードのマンティアルコ王陛下との間に交わされた結婚に関する契約』である。彼女はこの戦利品を掴むと、記録の間の扉を再びしっかりと施錠して立ち去った。皇帝の出した使いの従者は、まだ姿も見えていなかった。 舞踏場に戻り、壁の石をはずすと、ポテマは再び隣の部屋の会話に聞き耳を立てた。数分のあいだ、ノルドと彼女の父、そして祖父の3人は、天気の話や退屈な外交的会話をしているだけだった。やがて、足音と若者の声が聞こえた。使いの従者だった。 「皇帝陛下、記録の間中を探しましたが、お探しの文書は見つかりませんでした」 「ほら、言ったでしょう」と、ポテマの父の声が言った。「最初からそんな文書はなかったんですよ」 「しかし、この目で見たんですよ!」ノルドの声は怒りに震えていた。「我が国王と皇帝陛下がその文書に署名したとき、私はそこにいたんです!」 「私の父を、タムリエルの支配者である皇帝を、疑っておられるわけではないでしょうな。なにしろ、これではっきりしたわけですから。あなたが… 勘違いをしておられたと」ペラギウスの声は低く、脅しを含んでいた。 「とんでもない」ノルドは、すでに敗北を認めていた。「しかし、国王になんと報告すれば? 皇帝家との婚戚関係も結べず、契約金も、つまり、私と国王が契約金だと思っていた金も、返ってこないとなっては?」 「ソリチュード王国との間に遺恨を残すことは、避けねばならない」皇帝の声は弱々しかったが、はっきりと聞こえた。「マンティアルコ王には、ガラナ姫のかわりに孫娘をやろう。それでどうかな?」 ポテマは、隣の部屋の冷たい空気が彼女に降りかかってくるのを感じた。 「ポテマ姫ですか? まだお若すぎるのでは?」と、ノルドがたずねた。 「あの子は13歳です」父の声が答えた。「充分結婚できる歳でしょう」 「あの子ならよい女帝になるだろう」と、皇帝が言った。「あの子は、私がみたところ、内気で純情なところがあるようだが、すぐに宮廷での振る舞いかたを身に付けるだろう── なんといっても、あの子もセプティムの血を引いているのだから。うわついたところもなく、尊大でもなく、素晴らしいソリチュードの女王になるに違いない」 「皇帝の孫娘は、皇帝の娘の代わりにはなりません」と、ノルドが、沈み込んだ声で言った。「しかし、お断りする理由もありません。国王に申し伝えます」 「下がってよい」と、皇帝が言い、ポテマはノルドが部屋を出る音を聞いた。 ポテマの目から涙があふれ落ちた。彼女は、ソリチュードの国王のことも暗記していた。マンティアルコ、62歳で、太っている。そして、彼女はソリチュードがどんなに遠くにあるか、どんなに寒い最北端の地かも、よく知っていた。父と祖父は、野蛮なノルドの国へ彼女を追いやろうとしているのだ。隣の部屋の会話は続いていた。 「よくやったな。文書はちゃんと燃やしておくんだぞ」と、父の声が言った。 「何ですって、皇太子殿下?」と、従者が不満そうな声で聞き返した。 「皇帝とソリチュード国王の契約書だ、わからんのか。あの文書の存在をなかったことにするんだ」 「皇太子殿下、私は真実を申し上げました。その文書は、記録の間には見当たりませんでした。なくなっていたのです」 「ああ、ロルカーンよ!」父の声がわめいた。「どうしてこの王宮のものはそう次から次へとなくなるんだ? 記録の間へ戻って、見つかるまで探し続けろ!」 ポテマは、文書に目をやった。ガラナ姫がソリチュード国王と結婚しない場合、何百万もの金が支払われるという契約。その文書を父の所へ持って行けば、もしかすると褒美としてマンティアルコとの結婚を取り消してもらえるかもしれない。いや、それよりも、この文書で父と皇帝を脅迫すれば、相当な大金を手に入れられるのではないだろうか。そして、大金なら、ソリチュードの女王になればどれだけ私腹を肥やせるかわからない。デイドラのカタナはもちろん、欲しいものは何でも買えるだろう。 やり方はいくらでもある。ポテマは思った。もう、少しも退屈ではなかった。 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第2巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀82年 十四歳になる孫娘のポテマ姫と、ノルドのソリチュード王国のマンティアルコ王との結婚から1年後、皇帝ユリエル・セプティム二世は逝去した。皇位を継いだ息子のペラギウス・セプティム二世は枯渇した財政状況に直面し、亡き父の管理能力の乏しさを思い知らされることとなる。 ソリチュードの新女王となったポテマは、ノルドの旧家から部外者扱いされ、彼らの反感を買った。マンティアルコ王は、民に愛された前女王に先立たれていた。彼女にはバソーグ王子というひとり息子がいた。王子は義理の母よりも2歳年上で、彼女のことを愛していなかった。が、王は女王をこよなく愛し、流産につぐ流産にも手を取り合って耐え忍んだ。女王が29歳のとき、夫婦はようやく男の子を授かった。 第三紀97年 「この痛みをなんとかしなさい!」ポテマは歯をむいてわめいた。治療師ケルメスはすぐさま陣痛に苦しむメスの狼の姿を思い浮かべたが、脳裏から消し去った。実際のところ、彼女は反対派から“狼の女王”と呼ばれていたが、容姿が似ているからというわけではない。 「女王様、私に癒せぬ傷はございません。その痛みは自然のもの。出産には欠かせない痛みなのです」ケルメスはさらに慰めの言葉を継ごうとしたが、彼女の投げつけた鏡をよけるために話を一時中断しなくてはならなかった。 「私はブタ鼻のイモ女じゃないわ!」ポテマは怒鳴りつけた。「私はソリチュードの女王なの、皇帝の娘なの! デイドラを召喚しなさい! ひとときの安らぎを得るためなら、家来の魂をひとつ残らず売ってやるわ!」 「ポテマ様」と、治癒師はいらついて言った。カーテンを引いて冷たい朝陽を覆い隠した。「冗談でも滅多なことを言うものではございません。オブリビオンはいつも、そうした軽はずみな放言に目を光らせているのですよ」 「あなたにオブリビオンの何がわかるというの?」ポテマはうなった。だが、その声音はそれまでよりも静かで落ち着いていた。痛みがやわらいだのだ。「私が投げつけた鏡を取ってもらえないかしら?」 「また投げつけるおつもりですか、女王様?」治癒師は引きつった笑みを浮かべて、言われたとおりにした。 「おそらくね」と、ポテマは鏡に映った顔を見ながら言った。「それに、今度ははずさないわ。それにしてもひどい顔。ヴォッケン卿はまだロビーでお待ちになられてるの?」 「はい、女王様」 「だったら、髪を整えてから会いますと伝えておいて。それと、ふたりきりにしてほしいの。痛みが戻ってきたら大声であなたを呼ぶわ」 「仰せのままに、女王様」 数分後、ヴォッケン卿が私室に姿を見せた。彼はきれいさっぱりと禿げあがった男で、友人や敵から“禿山ヴォッケン”と呼ばれていた。しゃべるときの声は低くうなる雷鳴のようだった。女王はヴォッケンに対していささかもひるむことのない数少ない人物だった。彼は笑みを投げかけた。 「ポテマ様、ご気分はいかがですか?」と、ヴォッケンは訊いた。 「最悪だわ。けど、禿山ヴォッケンには春風が吹いたみたいね。戦士長に選ばれたんだもの、嬉しくて当然だわ」 「あくまで一時的な措置ですから。マンティアルコ王が、前任のソーン卿が反逆罪を犯しているという噂の裏づけをとるため、証拠を追っているあいだだけでしょう」 「私が指示したとおりに証拠を植えつけてあれば、夫はきっと見つけるわ」ポテマはベッドで身を起こしながら微笑んだ。「ところで、バソーグ王子はまだ街にいるの?」 「なんたる質問でしょう、女王様」禿山が笑った。「本日は“スタミナ競技会”の日ですぞ。王子が参加しないわけがございません。毎年のように新手の護身術を編み出して、試合で披露するのですから。去年の競技会を覚えていらっしゃいますか。王子が鎧もつけずにリングに上がるや、二十分にわたって六人の剣士の攻撃を受け流し、傷ひとつなく試合を終えたのでしたな。あの勝負を亡き母上、アモデサ女王に捧げておられました」 「ええ、覚えてるわ」 「王子は私やあなたの友人ではありませんが、しかるべき敬意は払わねばなりません。あの動きはまるで稲妻のようだ。あなたは冗談じゃないと思うかも知れませんが、王子はいつもみずからの無骨さを味方につけていられるようだ。そうやって挑戦者を振り切るのです。あのスタイルは南のオークから学び取ったものだと言うものもいます。なんらかの超自然的な力で敵の攻撃を先読みするすべをオークから学んだのだと」 「超自然的でもなんでもないわ」と、ポテマは静かに言った。「父親から受け継いだのよ」 「マンティアルコ王があのような動きを見せたことはございませんが」ヴォッケンはくすくすと笑った。 「夫がそうしたとは言ってないわ」と、ポテマは言った。目を閉じて歯ぎしりをした。「痛みが戻ってきたわ。治療師を連れてきてちょうだい。けど、その前に訊きたいことがあるの。新しい離宮の建設はもう始まったのかしら?」 「ええ、おそらくは」 「おそらくじゃだめ!」ポテマは叫んだ。歯を食いしばり、唇をかみしめ、一筋の血があごを滴り落ちていた。「絶対じゃないと! すぐにでも工事に取りかかるように手配してちょうだい! 今日からよ! あなたの未来も、私の未来も、この子の未来もそれにかかってるの! わかったら、行って!」 四時間後、マンティアルコ王が寝室に入ってきて、生まれたばかりの息子と顔を合わせた。王がポテマのおでこにキスをすると、彼女は弱々しく笑いかけた。赤ん坊を抱かせられると、王の目からひと粒の涙がこぼれた。それからすぐにもうひと粒、さらにもうひと粒。 「あなた──」と、ポテマは愛情たっぷりに言った。「センチメンタルな人だとは思ってたけど、筋金入りなのね」 「この子はただの赤子じゃない。もちろんかわいらしいし、美人の母親にそっくりだよ」マンティアルコは妻のほうを向いた。悲しげだった。年老いた顔が苦痛にゆがんでいた。「わが妻よ、宮廷で問題が起きた。この子が生まれてこなかったら、わが統治時代におけるもっとも暗い一日となっていたことだろう」 「何が起きたの? 競技会でのこと?」ポテマはなんとかベッドで身を起こした。「バソーグが怪我でもしたの?」 「いや、競技会とは関係ない。が、バソーグとは関係がある。こんなときに心配をかけたくはないのだが、おまえには休息が必要なのに」 「言ってちょうだい、あなた!」 「出産祝いにおまえを驚かせてやろうと思ってな、旧離宮を徹底的に修繕したのだよ。とても美しい宮殿だ。いや、美しかったと言うべきか。気に入ってもらえると思ったよ。実のところ、ヴォッケン卿のアイデアだったのだ。アモデサがひいきにしていた場所だった」王の声が苦々しさを帯びていった。「ようやくその理由がわかったよ」 「いったい何があったの?」と、ポテマはそっと訊いた。 「アモデサはあそこで私を欺いていたのだ。わが忠実なる戦士長、ソーン卿と。ふたりが取り交わした手紙があった。人道にもとることが書き連ねてあったよ。が、本当にひどいのはここからだ」 「ここから?」 「その手紙の日付がバソーグの生まれた時期と一致していたのだ。私が手塩にかけて育ててきた息子なのに」マンティアルコはいかにもつらそうに声を詰まらせた。「バソーグはソーンの子だった。私の子ではないのだ」 「ああ、なんてことでしょう」と、ポテマは言った。この老人に同情さえしていた。彼の首に腕をまわした。彼女とふたりの息子の目の前で、王はむせび泣いた。 「それゆえに」と、マンティアルコは静かに言った。「バソーグは私の世継ぎではなくなった。王国から消えてもらうことになろう。今日われらが授かった子が、将来のソリチュードを統治するのだ」 「それだけじゃないわ」と、ポテマは言った。「この子は皇帝の孫でもあるの」 「この子をマンティアルコ二世と名づけよう」 「素敵な名前だわ、あなた」と、ポテマはそう言い、涙の筋がついた王の顔にキスをした。「けど、ユリエルなんてどうかしら。私たちを結びつけてくれた、私の祖父である皇帝にちなんで」 マンティアルコ王は妻に微笑みかけ、うなずいた。扉をノックする音がした。 「閣下」と、禿山ヴォッケンが言った。「ご子息のバソーグ王子が競技会を終え、父上から表彰されるのをお待ちになられております。バソーグ様は九人の射手の攻撃にみごと耐えてみせ、ハンマーフェルから持ち込んだ巨大サソリにもひるみませんでした。観客はみなバソーグ王子の名を叫んでおります。王子は『殴られない男』だと」 「すぐに会おう」マンティアルコ王は沈んだ声でそう言うと、寝室をあとにした。 「あら、王子だって殴られるわ」と、ポテマは疲れた声で言った。「ちょっとした根回しが必要だけどね」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第3巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀98年 今年も残りあと2週間というとき、皇帝ペラギウス・セプティム二世が逝去した。「北風の祈祷祭」のさなかの星霜の月15日のことで、帝都にとっては悪い兆しだと考えられた。皇帝が統治した17年間は苦難の連続だった。枯渇した財源をうるおそうと、ペラギウスは元老院を解散させ、その地位を買い戻させたのだ。有能だが貧しい評議員を何人か失った。皇帝は復讐に燃える元老院のメンバーによって毒殺されたのだ、多くのものがそう口にした。 亡き父の葬儀と新皇帝の戴冠式に出席するため、皇帝の子供たちが帝都にやってきた。末っ子のマグナス王子は19歳で、アルマレクシアから帰郷した。彼はそこで最高裁判所の審議官を務めていた。21歳になるセフォラス王子はギレインからレッドガードの花嫁、ビアンキ王女を連れて帰ってきた。長男のアンティス王子は43歳になる推定皇位継承者で、父とともに帝都で暮らしていた。最後に現れたのは、「ソリチュードの狼の女王」と呼ばれる一人娘のポテマだった。30歳になるまばゆいばかりの美女で、壮観な従者の一団を連れて、初老のマンティアルコ王と1歳になる息子のユリエルとともにやってきた。 当然のことながら、アンティオカスが皇位を継ぐものと思われていた。狼の女王に何かを期待するものはいなかった。 第三紀99年 「今週になって、毎日夜中近くに、ヴォッケン卿が数人の男をポテマ様の私室に連れ込んでおりました」と、諜報参謀は言った。「ご主人にそれとなく気づかせればおそらく──」 「ポテマは征服の神、レマンとタロスの信奉者だ。愛の女神、ディベラではない。その男たちと乱交に及んでいるのではなく、何かを企んでいるのだろう。誓ってもいいが、妹よりも私のほうが男とベッドをともにした経験が豊富だろう」アンティオカスはげらげらと笑ってから、真剣な顔つきになった。「元老院が戴冠を先延ばしにしている裏では妹が絡んでいるのだろう。まちがいない。もう6週間になる。書類の更新と戴冠式の準備に時間がかかるということらしいが。皇帝はこの私だ! 堅苦しいことは抜きにして、冠をかぶせてくれ!」 「たしかにポテマ様はあなたの友人ではございませんが、要因は他にも考えられますぞ。お父上がいかに元老院を冷遇されたか、お忘れではあるまい。警戒すべきは彼らのほうでしょう。必要とあらば、手荒い説得もやむをえませんな」諜報参謀はそう言うと、意味ありげにダガーを突いてみせた。 「かまわん。が、めざわりな狼の女王にも見張りをつけておけ。私がどこにいるかはわかってるな」 「どちらの遊郭でしょうか?」と、諜報参謀は訊いた。 「今日は金曜ゆえ、『猫とゴブリン』であろう」 ポテマ女王のもとに訪問者はなかったと、諜報参謀はこの夜の報告書に書きこんだ。というのも、ポテマは御苑の向かいにある蒼の宮殿で、実母であるクインティラ女帝と夕食をとっていたからだった。冬にしては暖かい夜で、昼間の嵐が嘘のように空には雲ひとつなかった。地面はたっぷり水を吸い込んでいたため、格式ばった庭園は水を撒いたあとのような光沢を放っていた。二人はワインを片手に広いバルコニーに向かい、地上を見下ろした。 「腹違いの兄さんの戴冠を妨害しようとしてるわね」と、クインティラは視線を合わさずに言った。時の流れは母親にしわを刻んだというよりも、しおれさせてしまっていた。そう、石に描かれた太陽のように。 「そのつもりはないわ」と、ポテマは言った。「でも、そうだと言ったら心が痛む?」 「アンティオカスは私の息子じゃないわ。私があの人と結婚したとき、アンティオカスは11歳だった。それからずっと疎遠なまま。あの子は推定皇位継承者になったせいで成長が止まったのよ。家庭を築いて立派な子供たちがいてもおかしくない年齢なのに、あいかわらず道楽と女遊びにふけってる。立派な皇帝にはなれないわ」クインティラはため息をついて、ポテマのほうを向いた。「けど、不満の種を撒いても家族のためにはならない。派閥に分かれるのは簡単だけど、絆を結びなおすのはとても難しい。帝都の未来が心配だわ」 「そんなことを言うなんて── お母さん、ひょっとしてもう長くないの?」 「凶兆が見えたわ」クインティラははかない、皮肉めいた笑みを浮かべた。「忘れないで、私はカムローンでは高名な妖術師なのよ。私の命はあと数ヶ月。それから一年もしないうちに、あなたの夫も亡くなるわ。心残りがあるとしたら、成長したユリエルがソリチュードの王になるところを見届けられないことね」 「お母さんには見えたのかな──」ポテマは言いよどんだ。自分の計画をぺらぺらと話すべきではなかった。その相手が、死にかけている母親であっても。 「ユリエルが皇帝になれるかどうかって? その答えもわかってるわ。心配しないで。あなたはその答えを見届けられるわ、いずれにしても。ユリエルに贈り物があるわ、大人になったときのために」女帝は大きな黄色の宝石がひとつ埋め込まれたネックレスを首から外した。「魂の宝石よ。雄々しい人狼の霊魂が吹き込まれているの。私とあの人が36年前に戦って倒したのよ。幻惑系の魔法をかけてあるから、着用者は望んだ相手を魅了できるわ。王様にはもってこいのスキルでしょう」 「皇帝にもね」ポテマはネックレスを受け取った。「ありがとう、お母さん」 一時間後、手入れされた一対の植え込みから伸びる黒い枝の脇を通りすぎたとき、ポテマは不穏な影に気づいた。その影は私室へと続く小道に立っていたが、ひさしの落とす闇の中へ消えた。あとをつけられていることには気づいていた。宮中の生活にはこうした危険がつきまとう。が、この影は彼女の私室に近づきすぎていた。ポテマは首のネックレスにそっと指をすべらせた。 「姿を見せなさい」ポテマは命じた。 男が暗がりからすっと出てきた。浅黒い小柄な中年の男で、黒く染めたヤギ皮をまとっていた。視線は凍りついたようにじっと動かない。魔法がきいているのだろう。 「誰に命じられたの?」 「わが主人、アンティオカス王子」と、男は死人のような声で言った。「私は王子のスパイ」 ある計画を思いついた。「王子は書斎にいるの?」 「いいえ」 「鍵は持ってるの?」 「はい、女王様」 ポテマは満面の笑みを浮かべた。この男はもう私のものだわ。「案内してちょうだい」 翌朝、またもや嵐が吹き荒れた。たたきつけるような風雨が壁や天井を打ち鳴らし、アンティオカスを苦しめた。昨晩遅くまで痛飲したのだが、若かりしときのように二日酔い知らずというわけにはいかないらしい。彼はベッドをともにしているアルゴニアの娼婦を激しく揺さぶった。 「たのむから窓を閉めてくれ」と、アンティオカスはうめいた。 窓が閉められるやいなや、扉にノックの音がした。諜報参謀だった。王子に微笑みかけると、一枚の紙を手渡した。 「こいつはなんだ?」と、アンティオカスは横目で見ながら言った。「まだ酔いがまわってるらしい。オークの字みたいに見えるよ」 「きっとお役に立ちましょう。ポテマ嬢がお見えになられていますぞ」 アンティオカスは服を着ようか娼婦を追い出そうか迷ったが、思いなおした。「部屋に通せ。あいつをカチンとこさせてやろう」 ポテマがカチンときたにせよ、表情には出さなかった。オレンジとシルバーのシルクにくるまって、勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。人間山脈ヴォッケン卿がすぐあとをついてきた。 「こんばんは、兄さん。昨晩、お母さんと話してね、とっても知的なアドバイスをいただいたの。公の場では兄さんと戦うなと言われたのよ。家族と帝都のためを思って。そういうわけで──」そこまで言うと、法衣のふところから一枚の紙を差し出した。「兄さんに選ばせてあげるわ」 「選ぶ?」アンティオカスは笑みを投げ返した。「それはどうもご親切に」 「皇位をみずから放棄してちょうだい。そうすれば元老院にこれを見せる手間がはぶけるわ」ポテマは義兄に手紙を手渡した。「兄さんの印章つきの手紙よ。自分の父親がペラギウス・セプティム二世じゃなくて、宮廷執事のフォンドウクスだってことを兄さんは知っていましたって告白してあるの。さあこれで、この手紙を書いたかどうかを否定するまでもなく、兄さんは噂を否定できなくなるわ。それに、元老院はきっと、あの元皇帝なら奥方を寝取られてもさもありなんと信じるでしょうね。にっくき相手だもの。真実がどうあれ、手紙がいんちきであろうとなかろうと、このスキャンダルで兄さんが皇帝になれるチャンスは吹っ飛ぶわ」 アンティオカスは青ざめた顔で憤っていた。 「心配ないわ、兄さん」ポテマは兄の震える手から手紙をひったくった。「快適な隠遁生活を送れるようにしてあげるから。心が望むだけ、その下半身が望むだけ、娼婦をあてがってあげる」 と、アンティオカスはいきなり笑い出すと、諜報参謀に目配せした。「そういえば、私がこっそり隠していたカジートの春画を見つけ出して、脅迫してきたことがあったな。かれこれ20年も前になるか。おまえも気づいたはずだが、最近は鍵もかなり進歩しててね。自分の力では望んだものが手に入らないとわかって地団駄を踏んだことだろうな」 ポテマはただ笑ってみせた。だからなんだっていうの。もうこっちのものだもの。 「ここにいる私の従者を魅了してまんまと書斎に入り込み、印章を使ったんだな」アンティオカスはにやにや笑った。「呪文を使ったか。魔女の母親に教わって?」 ポテマはひたすら笑みを浮かべていた。義兄は思ったよりも頭が切れるわ。 「魅了の呪文は、どんなに強力なものでも、後に効力が消えることを知っているか? もちろん、知らなかったろう。魔法はおまえの得意とするところじゃなかったからな。ひとつ教えてやろう。長い目で見れば、呪文をかけるより、俸給をふんぱつしたほうが奉公人はより長い間仕えてくれるものさ」今度はアンティオカスが一枚の紙を取り出した。「それでは、おまえに選択肢を与えよう」 「どういうこと?」と、ポテマは言った。笑顔はしおれかけていた。 「意味不明なものにしか見えないが、心当たりがあるならはっきりとわかるだろう。練習用紙だよ。私の筆跡に似せようとしているおまえの筆跡でいっぱいの。いい贈り物をもらったよ。以前にもやったことがあるんじゃないのか、他人の筆跡をまねたことが。そういえば、おまえの旦那の亡くなった奥方が書いたとされる、夫婦の第一子は婚外子と告白した手紙が見つかったそうだな。その手紙もおまえが書いたんじゃないのか。おまえがくれたこの証拠を旦那に見せたら、あの手紙もおまえが書いたものだと信じるかもしれないな。いいかね、狼の女王。今後いっさい、同じような罠をしかけようなんて思いなさんな」 ポテマはかぶりを振った。はらわたが煮えくり返ってしゃべることもできなかった。 「そのいんちきの手紙をよこすんだ。で、ちょっと雨にでも打たれてくるといい。そして、のちほど、私を皇位につかせないためにおまえがどんな陰謀をたくらんでいたのか白状してもらうとしよう」アンティオカュスはポテマをまっすぐに見すえた。「私は皇帝になるつもりだよ、狼の女王。さあ、行くがいい」 ポテマは義兄に手紙を手渡すと、部屋を出ていった。廊下に出てからしばらく、言葉が出てこなかった。大理石の壁についた目に見えないほど細かい裂け目からしたたり落ちる銀色の雨水をじっとにらんでいた。 「ええ、皇帝になるがいいわ」と、ポテマは言った。「けど、いつまでもというわけにはいかない」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第4巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀109年 タムリエルの皇冠を授かってから10年、アンティオチュス・セプティムは、臣下に彼の大いなる肉体的快楽の渇望以外の印象をほとんど与えなかった。104年、第2夫人グィシラとの間に産まれた娘は、彼の大叔母であった女帝の名にちなんでキンタイラと名付けられた。ふくよかに肥え太り、治療師が知る限り全ての性病の兆候が見られる皇帝は、政治に時間を費やすことはほとんどなかった。アンティオチュスの兄弟たちは、彼とは対照的に、この分野では彼より優れていた。リルモスのシロディールの女王ヘレナ──彼女の夫であったアルゴニアンの司祭王は処刑されてしまった──と結婚したマグナスは、ブラック・マーシュでの帝国権益に優れた手腕を見せていた。セフォラスと彼の妻ビアンキは、すくすくと育ちつつある子供達と共に、ハンマーフェルのギレイン王国を統治していた。しかし、スカイリムのソリチュード王国を統治する狼の女王ポテマほど、政治的に活躍していた者はいなかった。 夫のマンティアルコ王が没してから9年、ポテマはなお摂政として幼い息子ユリエルの補佐に当たっていた。宮廷は大いに賑わい、とりわけ皇帝に反感を覚える為政者たちの集う所となっていった。スカイリムの全ての国王たちは何年も定期的にソリチュード城を来訪していた。モロウウィンドやハイ・ロックなどの地からの使節団も同様だった。もっと遠い地方から来た者もいた。 第三紀110年 ポテマは港に立ち、ピアンドニアから訪れるボートを見つめていた。灰色にうねる波々を掻き分けて進むタムリエル製の巨船を何度も見た事があるが、それと比べても決して風変わりには見えない。よく見ると確かに、薄く張られた帆やキチン質で無骨な船体は、そっくり同じとは言わないが、似たようなものをモロウウィンドで見たことがあるのだ。それどころか、明らかに外国のものであるあの旗がなければ、港に並ぶ他の船と見分けがつかなかったであろう。塩気の効いた霧の立ち込める中、彼女は別の島からの来訪者に向かって歓迎の意を込めて手を差し出した。 そのボートに乗っている男たちは、ただ青白いというより全く色を持っていなかった。白みがかった透明なゼリーで作られたかのようだった。しかし、彼女は予めそのことを知っていた。国王と通訳者が降りて来ると、彼らの虚ろな目をしっかり見つめながらポテマは握手を求めた。国王は、雑音のような声を出した。 「オルグナム王であられます」と、たどたどしく通訳者が言った。「女王陛下の美しさを称えております。危険な航海の手助けをして頂いて、感謝の念を抱いておられます」 「とてもシロディール語がお上手ですのね」と、ポテマは言った。 「私は四大陸の言語に精通しております」と通訳者が言った。「アトモラ、アカヴィル、それにこのタムリエルの住人とも、故郷のピアンドニアの住人と同様に会話することが出来ます。実際のところ、ここの言葉が最も簡単ですね。私も、この航海は楽しみにしていました」 「この地で陛下は歓迎されていると、それから、何か欲しいものがあれば取り計らうと伝えてください」とポテマは笑って言うと、「ニュアンスは理解できていますか? 私が敬意を表していることを」と付け加えた。 「もちろんです」と通訳者はうなずいた。そして、彼が二言三言ボソボソと国王に何か言うとオルグナムは笑顔を見せた。彼らが話し込んでいる間波止場の方に目をやると、そこに今や見慣れた灰色の衣に身を包む男達が、アンティオチュスの家臣レヴレットと話しながら自分を見ているのに気づいた。それはサムーセット島のサイジック教団の連中である。とてもやっかいであった。 「外交特使を務めるヴォーケン公が、陛下をお部屋へ案内します」とポテマは言った。「非情に残念ではありますが、もう一組お迎えしなくてはならない客人がいらっしゃったようです。どうかご理解頂けますよう」 オルグナムが了解の意を表すと、彼女はその晩のピアンドニアの人々との夕食会の準備をさせた。例のアイジックと会うのには、多大な精神力が必要となるのだ。一番シンプルな黒服と金のローブ身を包むと、準備のため国賓室へと足を向けた。息子のユリエルは、玉座でペットのヨーグハットと遊んでいた。 「おはよう、お母さん」 「おはよう、ユリエル」そう言って、彼の体を持ち上げた。「まあ、しかし重いわね。こんなに重い10歳の子なんて、私、抱っこした事はないわ」 「きっと、僕が11歳だからだよ」とユリエルは彼女の冗談に調子を合わせて言った。「もう11歳になるんだったら、勉強に精を出すようにって言うんでしょう?」 「あなた位の年には、私は勉強に夢中だったものよ」 「僕は王様だもん」と、ユリエルは口を尖らせて答えた。 「でも、それに満足しちゃいけないわ」と、ポテマは言った。「すぐにでも皇帝になってもらいたいのですからね。分かっていますか?」 ユリエルはうなずいた。その瞬間、彼がタイバー・セプティムそっくりに見え彼女は驚いてしまった。冷酷な額、力強い顎。彼が年を取って子供らしいふくよかさが抜けたならば、その姿は偉大な大叔父に生き写しとなるだろう。その時、彼女の背後でドアの開く音がして、案内係が例の灰色の衣を着けた男たちを引き連れてきた。彼女が少し身を強張らせると、ユリエルは玉座から跳び下りて、部屋を出る間際、アイジックたちの代表者に挨拶をするため立ち止まった。 「おはようございます、アイアチェシス導師」と1音節ずつ区切った、王位にふさわしい調子でユリエルは言ってみせた。ポテマは心臓が飛び出しそうだった。「このソリチュード城、お気に召して頂けたのなら幸いですが」 「ええ、ユリエル王、みな気に入りましたとも」とアイアチェシスは喜んで言った。 背後のドアを閉めて、アイアチェシスとアイジックたちが部屋に入って来た。少しの間玉座に腰掛けていたポテマは、そこを降りて客人たちと挨拶を交した。 「お待たせしてすみませんでした」と彼女は言った。「はるばるサムーセット島から来てくれたのだもの。これ以上、お待たせするわけにはいきませんね。どうぞお許しを」 「なになに、大して長い航海ではありませんがね」灰色の衣をまとった者の中の1人が怒った風に言った。「ピアンドニアから来るわけでもありませんし」 「先ほど着かれた私の客人を見ましたのね。オルグナム王と従者の方達ですわ」とポテマは明るい口調で返した。「きっと、あの方達をもてなすのを、不思議に思っていらっしゃるんでしょうね。私達タムリエルは、ピアンドニアの方達を侵略者だと考えていますから。この件に関しても、他の全ての政治的問題と同様に中立を守るおつもりですね?」 「もちろんです」と、アイアチェシスは堂々と答えた。「ピアンドニアの侵入によって、我々が得るところも失うところもありはしません。我々サイジック教団は、セプティム王朝のいかなる組織にも隷属しませんし、誰が政権を取ろうとも生き延びてみせますよ」 「どんな雑種犬の毛皮にも潜り込もうとするノミみたいですね?」とポテマは目を細めて言った。「あまり自分を過大評価しない方がよろしくてよ、アイアチェシス。あなたの結社の子供たち、魔道士ギルドはすでにあなたがたの倍の力を持ってるし、その魔道士ギルドは完全に私の側についております。私達はちょうど、オルグナム王と協定の交渉を進めております。ピアンドニアと手を組んで、私がこの大陸で相応しい地位に、つまり女帝になったら、秩序の中で貴方に相応しい地位がどこなのかをお見せいたしますわ」 灰色の衣の者達からの視線も構わず、ポテマは堂々とした足振りで国賓室を後にした。 「レヴレット公と話しておくべきでしょう」と、灰色の衣の1人が言った。 「そうだな」とアイアチェシスは返した。「そうすべきだな」 レヴレットは、すぐに馴染みの居酒屋、「月と船酔い」に姿を現した。アイアチェシスに率いられて3人の灰色の衣のものたちが酒場に足を踏み入れると、彼らが通ったあとは煙と喧騒が一気に消えうせるようだった。煙草とフリンの匂いでさえ消え失せた。レヴレットは立ち上がると、一行を階上の小部屋へと案内した。 「考え直してくれたか」と言ってレヴレットはにんまりと笑ってみせた。 「諸君の皇帝は──」と切り出してからアイアチェシスは言い直した。「我々の皇帝はまず1,200万の金片と引き換えに、ピアンドニアの戦艦からタムリエルの西岸を防衛してくれるように、と打診してきたよ。そこで、我々は5,000万で引き受けると応じた。ピアンドニアの侵攻が引き起こす危険を熟慮すれば、いずれ皇帝の要求を飲まねばならないだろうがね」 「魔道士ギルドだったら、もっと気前よく──」 「きっと、何とも安上がりなことに、1,000万で飲むだろうね」とイエチェスは口早に言葉を被せた。 ポテマは夕食をとりながら、オルグナム王と通訳者を介して兄への謀反を進める取り決めを交わしていた。これほど異なった文化を持つ相手にも自分の色香の通ずることが分かって、彼女は非情に嬉しくなった。その夜、外交上の手段ではあったが、彼女は国王とベッドを共にした。しかし、彼が今までで最高の恋人であることをポテマは発見したのだ。事の前に、彼は或る香草を寄越した。それは、まるで時間の表面を漂っているような心持にさせるもので、いつの間にか自分が愛を求める仕草に没頭していることに彼女は気付くしかなかった。あたかも自分は冷たい霧のようであり、そして彼の繰り返される欲求の火を冷却しているような気分になってくるのだ。朝、ポテマの頬にキスをしたオルグナムの、その睫毛の無い白目が別れを告げるのを見てポテマは悲しみに貫かれた。 その朝船は港を出発し、サムーセット島、そして来るべき侵攻に向かった。海へ乗り出す船に向け、誰かの足音が背後に迫るまでポテマは手を振っていた。足音はレヴレットのものであった。 「アイアチェシスの連中は800万で手を打ちましたよ、陛下」 「ありがとう」ポテマは言った。「謀反には、まだ時間がかかりそうよ。彼らには国庫から支払っておいて、それから帝都に行ってアンティオチュスから1200万を受け取ってきてちょうだい。このゲームの見返りは大きいはずだわ。もちろん、貴方にもよ」 それから3ヵ月後、ピアンドニアの艦隊が完全に壊滅したとポテマは知らされた。アルテウム島に忽然と現れた大嵐によるものであったらしい。そう、サイジック教団の拠点とする港があるところだ。こうして、オルグナム王と船員たちは全滅した。 「時には、敢えて憎まれることよ」と、息子のユリエルを抱き締めながら彼女は囁いた。「そうすることで大きな利益が手に入るの」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第5巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀119年 21年間に渡って皇帝アンティオカス・セプティムはタムリエルを治め、道徳面でのだらしなさにもかかわらず有能な指導者であることを証明した。最大の勝利と言えるのが110年に行われたアイルの戦いであり、帝都艦隊とサマーセット・アイル海軍は、サイジック教団の魔力と力を合わせ、侵略してくるピアンドニアの大艦隊を壊滅させることに成功した。皇帝の兄弟であるリルモスのマグナス王、ギレインのセフォラス王、そしてソリチュードの狼の女王ことポテマも、それぞれ良く治め、帝都とタムリエルの諸王国との関係は非常に良好なものとなった。それでも、帝都と、ハイ・ロックおよびスカイリムの王たちと間に横たわる傷跡は、何世紀にも渡って放置されたとしてもすべて消えるわけではなかった。 妹とその息子ユリエルが珍しく訪ねてきていた間に、即位してから様々な病気を患っていたアンティオカスは昏睡状態に陥った。何ヶ月にも渡って彼は生と死の境目をさまよい、その間に元老院は15歳になる彼の娘キンタイラを後継者として即位させる準備を進めた。 第三紀120年 「お母さん、キンタイラと結婚はできないよ」と、提案に機嫌を損ねたというよりはおもしろがっている様子でユリエルが言った。「彼女はいとこじゃないか。それに確か、元老院の貴族モデラスと婚約しているはずだよ」 「潔癖性ねえ。物事には外せない時機と場所があるのに」と、ポテマは言った。「でもモデラスについては言うとおりね。それにこの重要な時期に元老院を怒らせるのも良くないわ。ラクマ王妃についてはどう思う? ファーランではずいぶん長く一緒にいたわよね」 「彼女はいいと思うよ」と、ユリエルは言った。「まさか、淫らな話まで聞きたいというわけではないよね?」 「それは遠慮しておきます」と、顔をしかめながらポテマが言った。「でも結婚はするの?」 「たぶんね」 「いいわ。じゃあ私がお膳立てするから」と、忘れないように書き留めてからポテマが続けて話した。「レロモ王を同盟者としてつなぎ止めておくのはたいへんだったけど、政略結婚でファーランを味方につけておけるはずだわ。必要な存在だものね。葬式はいつ?」 「誰の?」と、ユリエルは言った。「アンティオカス伯父さん?」 「当たり前でしょう」ポテマがため息をついた。「最近、他に誰か注目すべき人が死んだとでも?」 「レッドガードの子どもたちがたくさん廊下を走り回ってるから、たぶんセフォラスが到着したんだと思う。マグナスも昨日宮廷に来たから、もうすぐなんじゃないかな」 「じゃあそろそろ元老院に演説を聞かせなきゃ」と、笑いながらポテマが言った。 いつもの色彩豊かな婦人服ではなく、黒い服を彼女は身にまとった。嘆き悲しんでいる妹らしく見えることが大切だった。鏡に映し出してみると、53年間の自分の人生そのものがそこにあると思った。とび色の髪には白髪が目立っていた。スカイリム北部の長く寒い冬が、蜘蛛の巣のように薄く、シワの地図を彼女の顔に刻んでいた。それでも、微笑んでみせれば相手の心をつかむことはできるし、顔をしかめてみせれば恐怖を引き起こすことができるのを彼女は知っていた。目的のためにはそれで十分だった。 ポテマが元老院に対して行った演説は、弁論術を学ぶ学生たちにとっては大いに参考になるに違いない。 彼女はまず、追従と卑下から話を始めた。「我が友人であり、この上ない威厳と見識を兼ね備えておられる元老院議員の皆さま、一地方の女王に過ぎない私ではございますが、皆さまがすでに思案されているであろう問題をあえてここに持ち出さずにいられません」 さらに彼女は、欠点をものともせず愛される支配者であった亡き皇帝を褒め称えてみせた。「真のセプティム家の男として、また偉大なる戦士として、兄は――皆さま方のご助言を得て―― 無敵とされた隣国ピアンドニアの大軍も掃討しました」 しかしほとんど時間を無駄にすることなく彼女は肝心な点へと話を進めた。「残念ながらマグナ女帝は、我が兄の好色な気質を満たす手立てを何も取りませんでした。実の話、帝都のスラム街にいる娼婦の誰よりも数多くのベッドに横たわった経験を女帝はお持ちなのですが。もしも宮廷内の寝室でのお勤めをもっと誠実にやっておられれば、皇帝には本当の後継者ができていたはずです。我こそは皇帝の子だと言い張る、あの頭の弱い、腰抜けの畜生みたいな連中ではなく、本当の後継者がです。キンタイラとかいう娘はマグナと衛兵隊長との間にできた子だと広く信じられております。あるいは溜め池の掃除係の青年とマグナの子かもしれませんわね。確かなことは分かりません。我が息子ユリエルほど血統が明確な子は他にいないのです。ユリエルこそがセプティム王朝の末えいです。皆さま方、帝都の皇帝というのは、玉座に座った庶子という意味ではありません。それだけは間違いありません」 穏やかに、しかし実行動を要請する言葉で彼女は演説を締めくくった。「皆さま方が後世に恥じることのないよう、何をすべきかご存じのはずです」 その夜、宮廷の食堂室のうち彼女が最も気に入っている地図の部屋で、ポテマは兄弟とその妻たちをもてなした。壁全体に、帝都と、その外側にあって存在を知られているすべての大地、すなわちアトモラ、ヨクンダ、アカヴィリ、ピアンドニア、スラスが、色あせてきているとはいえまだ鮮やかに描かれていた。頭上には巨大なドーム型のガラス天井があり、雨に濡れ、天の星々の光をゆがめて映し出していた。一分おきに稲妻が光り、そのたびに亡霊のような奇妙な影が壁に映った。 「いつ元老院に話をするの?」と、料理が用意されてからポテマが聞いた。 「するかどうか分からないよ」と、マグナスは言った。「言うことなんて何もないし」 「キンタイラの即位が宣言されたら僕は話をするよ」と、セフォラスは言った。「僕とハンマーフェルは即位を支持するということを、形式的に示すためだけにね」 「ハンマーフェル全域を代表して?」と、からかうような笑みを浮かべてポテマが聞いた。「レッドガードはさぞかしあなたのことがお気に入りなんでしょうね」 「ハンマーフェルと帝都との関係は独特なのよ」と、セフォラスの妻ビアンキが言った。「ストロス・ムカイ条約以降、私たちは帝都の一部ということになったけど、支配下にあるわけじゃないわ」 「あなたはもう元老院にお話ししたようね」と、マグナスの妻ヘレナがきびきびした口調で言った。彼女は生まれつきの外交家だったが、アルゴニアン王国を統治するシロディールの支配者として、逆境を認めた上で立ち向かうやり方を知っていた。 「ええ、したわ」と、蒸し焼きのジャルフバードを味わうためにちょっと間をおいてからポテマが言った。「今日の午後、即位のことで短い演説をしたのよ」 「姉さんは、一流の演説家だからね」と、セフォラスは言った。 「言い過ぎよ」と、笑いながらポテマが言った。「演説より得意なことはたくさんあるわ」 「たとえば?」と、微笑みながらビアンキが聞いた。 「演説で何を話したのか訊ねてもいいかな?」と、疑わしげな顔でマグナスが聞いた。 食堂室のドアを誰かがノックした。給仕長が何ごとかをポテマにささやくと、彼女は微笑み返し、椅子から立ち上がった。 「賢明にことを進めてくれるのであれば、即位を全面的に支持すると伝えたのよ。それのどこに悪意があるというの?」そう言ってポテマはワインの入ったグラスを手にドアへと向かった。「ごめんあそばせ。姪のキンタイラが何かお話しがあるらしいの」 キンタイラは衛兵とともに廊下に立っていた。ほんの子どもではあったが、考えてみれば自分が彼女と同じ年の頃にはマンティアルコと結婚してすでに2年が経っていたのだ。似ている感じは確かにあった。黒い瞳と、大理石のようにきめが細かく滑らかで青白い肌をしたキンタイラは、ポテマの目にも若い女王らしく見えた。叔母の姿を目にして一瞬、キンタイラの瞳に怒りが浮かんだが、感情の乱れはすぐに去って、皇族らしい落ち着いた物腰になった。 「ポテマ女王……」と、キンタイラが穏やかに言った。「二日後に私の即位式が行われると聞きました。あなたの参列は歓迎されないでしょう。お荷物はあなたの召使いに命じてまとめさせてあります。今晩あなたが王国に帰るにあたり、護衛の者をおつけします。以上です。さようなら、叔母さま」 ポテマは言葉を返そうとしたが、キンタイラと衛兵は背を向け、廊下の先にある大広間へと戻っていった。狼の女王はその後ろ姿を見つめてから、地図の部屋に再び入った。 「義理の妹さん……」と、深い悪意を示してポテマがビアンキに呼びかけた。「演説よりも得意なのは何かって聞いたわよね? 答えは『戦』よ」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第6巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀120年 アンティオカスの娘、15歳の女皇キンタイラ・セプティム二世の戴冠式は、蒔種の月3日に執り行われた。彼女の叔父であるリルモス国王マグナスとギレインの王セフォラスは式を見守ったが、叔母であるソリチュードの狼の女王ポテマはそれ以前に王宮を去っていた。ポテマは自分の王国に帰ると、反乱の準備を始めた。後にレッド・ダイヤモンド戦争と呼ばれる戦いの発端であった。皇帝の支配に不満を持つ諸国の王や領主たちが、新しい女皇に対する反乱軍に加わった。ポテマは何年も前からこれらの同盟国を増やしていたのだ。 反乱軍による、帝都に対する先制攻撃は成功した。スカイリム全域とハイ・ロック北部で、帝都軍は反乱軍の攻撃にさらされた。ポテマの反乱勢力は各地で暴動や謀反を誘発しながら、伝染病のようにタムリエル中に広がっていった。その年の秋、ハイ・ロック沿岸に位置し帝都側の同盟国だったグレンポイントの公爵が、緊急に帝都軍の応援を要請した。これを受けて、キンタイラは狼の女王に対抗する勢力の士気を高めるため、自ら兵を率いてグレンポイントへ向かった。 第三紀121年 「敵軍がどこにいるのかはわかりません」と、公爵は、当惑しきって言った。「郊外のあらゆる場所へ偵察を出したのですが。陛下の軍がこの地に到着したと知って、北方へ退却したのではないかと」 「こんなこと言ってはいけないけど、戦いたかったわ」と、キンタイラは言った。「叔母さんの首を串刺しにして、それを掲げて帝都中を行進したかったのよ。彼女の息子のユリエルは軍隊を帝都州の州境ぎりぎりに置いてこっちを挑発してるの。どうして反乱軍の勢力はこんなに勝ち進んでいるのでしょう? 彼らが戦いに強いの、それとも帝都の人たちは私が嫌いなの?」 秋から冬にかけて、何ヶ月も泥の中を行軍してきたキンタイラは疲れきっていた。ドラゴンテイル山脈を越える途中、彼女の軍隊はもう少しで伏兵の一団とはち合わせそうになった。穏やかな気候のはずのドワイネン男爵領で猛吹雪におそわれたのは、狼の女王側の魔術師のしわざに違いなかった。行く先々で、彼女は叔母の悪意を感じていた。そして今、その狼の女王と直接対峙できるという期待も裏切られてしまった。彼女はほとんど我慢の限界にきていた。 「純粋で単純な、恐怖による支配ですよ」と、公爵は答えた。「恐怖こそ、狼の女王の最大の武器です」 「聞いておきたいのだけど──」公爵の言う恐怖が声に表れないように努力しながら、キンタイラは言った。「彼女の軍隊を見たのですか? 彼女がアンデッドを召喚して兵士として使っているというのは本当ですか?」 「いいえ、実際にはその事実はありません、ただ、彼女はそういった噂が流れるように仕向けているのです。彼女はいつも夜間に攻撃を仕掛けます。戦略的な理由もあるでしょうが、そのような恐怖を呼び起こすためでもあるでしょう。私の知るかぎり、実際の彼女は、通常の軍隊にいるような魔闘士や処刑人以外の霊的な戦力は持っていません」 「夜襲ばかりというのは…」キンタイラは考え込んだ。「人数をわからなくするためだと思うわ」 「それに、こちらの気付かないうちに兵を配置に付けることができます」公爵が付け加えた。「彼女は奇襲の達人です。東から行軍の音が聞こえたときには、彼女の本隊はすぐ南まで近付いてきているのです。でも、こういったことは明日の朝話すことにしましょう。あなたがたのために、城の一番よい客間を用意しておきましたから」 キンタイラは塔の上に用意された彼女の部屋で、月の明かりと獣脂のろうそくの灯りを頼りに、帝都にいる婚約者のモデラス伯爵に手紙を書いた。彼女はこの夏にでも、祖母のクインティラが愛した蒼の宮殿で結婚式を挙げたかったのだが、この戦争がそれを許さないだろう。手紙を書きながら、彼女は窓の外の中庭と不気味な枯れ木を眺めた。胸壁の上に、帝都軍の兵士が2人、数フィートほど離れて立っていた。まるでモデュラスとキンタイラのようだと、彼女は思った。そして、その例え話を詳しく手紙の続きに書き始めた。 ノックの音がして、彼女の詩的な作業は中断された。 「お手紙です、陛下。モデュラス伯爵からです」と、若い使者が言って、彼女に手紙を渡した。 短い手紙だった。彼女は素早く目を走らせ、使者が下がって休もうとする前に読み終わって訊いた。「何か変だわ。彼はいつ、これを書いたの?」 「1週間前です」と、使者は答えた。「緊急の手紙だと言われたので、伯爵が兵を動員しておられる間に急いでお届けにまいりました」 キンタイラは使者を下がらせた。モデュラスの手紙には、グレンポイントでの戦闘のために援軍を要請する内容の手紙をキンタイラから受け取ったと書かれていた。しかし、グレンポイントでは戦闘は起こっていないし、彼女は今日やっとグレンポイントへ到着したばかりだった。誰が彼女の筆跡を真似て手紙を書き、モデュラスの率いる帝都軍を帝都からハイ・ロックへ誘い出したのか? 夜の空気が窓から流れ込み、寒気を感じたキンタイラはかんぬきを下ろすために窓のところへ行った。胸壁のところに、さっきの兵士たちの姿はなかった。枯れ木の陰からくぐもった揉み合いの声が聞こえ、そちらのほうに身を乗り出したので、キンタイラは背後で扉が開いたことに気付かなかった。 彼女が振り向くと、そこにはポテマ女王とグレンポイント公爵メンティンが、衛兵の一団を引き連れて立っていた。 「素早いですね、叔母様」と、彼女は一瞬硬直した後、口を開いた。それから公爵に向かって言った。「何があなたを寝返らせ、帝都に歯向かうように仕向けたの? 恐怖?」 「それと金ですよ」と、公爵が簡潔に答えた。 「私の軍はどうなったの?」と、キンタイラは、ポテマの顔を正面から見据えながら言った。「こんなに早く戦闘が終わったの?」 「あなたの軍は全滅したわ」と、ポテマが笑みを浮かべて言った。「戦闘はなかったけど。静かで、手早い暗殺だけよ。戦闘があるとしたら、ドラゴンテイルでモデュラスの軍を潰すときと、帝都に残ってる帝都軍の兵士たちを片付ける時ね。戦況はいつでも報告してあげるわ」 「それで、私はここであなたの捕虜になるってわけ?」キンタイラは、言いながらこの石造りの塔の強固さと高さに気付いた。「ちくしょう、なんてぶざまなの! 私は女皇なのよ!」 「悪いようにはしないわよ、あなたを5級の支配者から、1級の殉教者に昇進させてあげる」と、ポテマがウィンクしながら言った。「ありがたく思ってはくれないでしょうけどね」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第7巻ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀125年 グレンポイント城の塔で行われた女帝キンタイラ・セプティム二世の処刑の正確な日付については、いくつかの推理がなされている。121年に投獄されて間もなく殺されたと信じる者もあれば、ギレイン王であった叔父セフォラスが125年夏にハイ・ロック西部を再び征服する少し前まで、人質として生かされていたと主張する人たちもいる。キンタイラ逝去の知らせが確信へと変わった時、多くの者たちが再結集し、狼の女王ポテマと、4年前に警備が手薄になっていた帝都へと侵攻して皇帝ユリエル・セプティム三世として即位していた息子に立ち向かうことになった。 セフォラスはハイ・ロックでの戦いに自分の軍隊を集中させ、その弟であるリルモス王のマグナスはアルゴニアンの部隊を率いて、彼らに忠誠を誓っているモロウウィンドを通過してスカイリムへと向かい、ポテマの地元で戦いを挑んだ。は虫類の軍隊は夏の間は良く戦ったが、冬になると南に退却し、温かくなってからまた軍を再編して攻撃に乗り出した。それによるこう着状態のせいで、終戦までにはさらに2年の月日を要した。 同じ125年には、マグナスの妻ヘレナが第一子となる息子を出産し、マグナスおよびセフォラス、故人となったアンティオカス帝、そして恐ろしいソリチュードの狼の女王を含めた4人の父親であった皇帝にちなみ、ペラギウスと名づけた。 第三紀127年 ポテマはテントの前の暖かい草地に置いた柔らかな絹のクッションに座り、草原の向こうの暗い森の上に昇る太陽を見つめていた。スカイリムの夏に典型的な、独特な活気に満ちた朝だった。彼女の周りでは虫たちが高い調子でにぎやかに鳴き声を競い、空では無数の鳥が群れとなってうねるように飛びながら、様々なパターンを形作っていた。ファルコンスターに戦争が訪れようとしていることを、自然は感づいていない。彼女はそう思った。 「殿下、ハンマーフェルの軍からの伝言です」と、配達人を引き連れてきた侍女が言った。男は激しい息づかいをしており、すっかり汗と泥にまみれていた。非常に遠い距離を大急ぎで駆け続けてきたことをその姿は物語っていた。 「女王様──」と、地面に目を落として配達人が言った。「ご子息の皇帝のことで重大なお知らせがあります。皇帝はハンマーフェルにあるイキダグという地方で、殿下の弟セフォラス王の軍と遭遇し、そこで戦闘が始まりました。殿下もきっと誇りに思われるであろう見事な戦いぶりを皇帝は見せておられました。しかし軍は敗北し、皇帝は捕らえられてしまったのです。セフォラス王は皇帝をギレインへと連れて行こうとしています」 ポテマは顔をしかめながら聞いていた。「あの不器用なのろまが」ようやく出てきた言葉がそれだった。 ポテマは立ち上がり、ふらりとキャンプに入っていった。中では男たちが戦いに備えて武装に取りかかっていた。彼女は形式張ったことが嫌いな女性で、敬礼よりも仕事を優先させたほうが喜ぶことを兵士たちはとっくの昔に理解していた。ヴォッケン卿が彼女に先立って魔闘士の総指揮官と会い、決戦の戦略について話し合っていた。 「女王様──」と、後からついてきた配達人が言った。「どうなさるおつもりですか?」 「マグナスはコグメンシスト城の廃墟という優位な場所に陣取っているけど、それでもこの戦いは必ず勝つ」と、ポテマは言った。「そしてそれから、セフォラスが我が皇帝をどうするつもりなのかを確かめて、それに応じて行動を取る。身代金が必要なら払う。捕虜の交換が希望ならそうする。お前はもう入浴して休みなさい。そしてその後は、戦いの邪魔をしなければそれでいいから」 「理想的な筋書きではありませんな」と、総指揮官のテントに入ってきたポテマにヴォッケン卿が言った。「もしも西から城を攻めようとすれば、敵の魔闘士や射手が浴びせる炎のまっただ中に突入することになります。東から行こうとすれば沼地を通ることになり、そういった環境ではアルゴニアンの動きは我々に勝ります。遥かに上です」 「北と南はどう? 山ばっかりでしょう?」 「非常に険しい山です、殿下」と、総指揮官が言った。「どのみち弓兵を配置すべきではありますが、全軍の大部分を置こうとすればあまりにも攻撃を受けやすくなってしまいます」 「じゃあ、沼地ね」と、ポテマはそう言ってから実践的な案をつけ加えた。「でなきゃ引き下がって連中が出てくるのを待って戦うしかない」 「もし待てば、セフォラスがハイ・ロックから軍を連れて来るでしょうし、我々は2つの軍に前後を挟まれてしまいます」と、ヴォッケン卿は言った。「望ましい状況とは言えません」 「では、部隊に伝えてきます」と、総指揮官が言った。「沼地での攻撃の準備をするように」 「いいえ」と、ポテマは言った。「私が話す」 戦闘装備に身を包んだ兵士たちがキャンプの中心に集まった。その顔ぶれは実に雑多だった。男、女。シロディール、ノルド、ブレトン、ダンマー。若者、古参兵、貴族、商店主、農奴、聖職者、娼婦、農民、学者、冒険者の、息子や娘たち。そのすべてが、タムリエルの皇室の象徴であるレッド・ダイヤモンドの旗の下に結集したのだ。 「我が子らよ──」響き渡ったポテマの声が、立ち込めた朝もやにとどまった。「我々は山を越え、海を越え、森も砂漠も駆け抜けて、いくつもの戦争をともに戦ってきた。諸君一人ひとりの大いなる武勇を目にして、我が心は誇りに満ちた。また一方で、卑劣な戦い、謀略、残忍で非人道的な蛮行も、同じように私を喜ばせるものだった。我々は皆、戦士なのだから」 次第に熱が入ってきたポテマは、兵士一人ひとりの目をのぞき込みながら、隊列の前を歩いた。「戦争は諸君の血に、脳みそに、筋肉に、諸君が考え行うすべての事柄に染み込んでいる。この戦いが終わり、真の皇帝であるユリエル・セプティム三世の王位を否定しようとする輩を退治したなら、諸君らは戦士であることをやめても良い。戦争が始まる前の生活に戻り、農場や町へと帰って、今日この日に諸君らが成し遂げた武勲を語り、傷跡を見せつけてやって、近隣の者たちを感嘆させるが良い。だが今日はまだ、肝に銘じていてくれ。諸君らは兵士だということを。諸君らこそが戦争だ」 自分の言葉がもたらした効果を彼女は見て取った。その場にいる者たちは皆、来るべき殺りくに向けて目を血走らせ、武器を握る腕にも力が入っていた。あらん限りの声でポテマは言葉を続けた。「そして諸君らは、オブリビオンの最も邪悪な無尽蔵の力を授かったかのように沼地を突き進み、コグメンシスト城のトカゲ野郎どものウロコを引きはがすのだ。諸君らは戦士であり、ただ戦うだけでなく、勝たなければならない。必ず勝つのだ!」 兵士たちは轟くような喚声で答え、驚いた鳥たちがキャンプの周りの木立から一斉に飛び立った。 見晴らしの良い南向きの丘の上から、ポテマとヴォッケン卿は激しさを増していく戦闘の様子を見渡すことができた。それはまるで、汚物の固まりのように見える城の廃墟の上を、違う色をした2つの虫の大群が行きつ戻りつしているようだった。時々、魔闘士の放つ炎の一撃や酸の雲が戦場の上に揺らめいて彼らの注意を引いたが、長引くにつれて戦闘は混沌以外の何物でもなくなってきた。 「馬に乗った者が向かってきます」と、静寂を打ち破ってヴォッケン卿が言った。 若いレッドガードの女は、ギレインの紋章を身につけてはいたが、白い旗も持っていた。ポテマは彼女が近づくことを許した。今朝の配達人と同じように、この女もひどく消耗していた。 「殿下──」と、息を切らしながら女が言った。「弟君セフォラス王より殿下に悲報をお伝えするよう仰せつかって参りました。殿下のご子息、ユリエル様は、イキダグの戦場で捕らえられ、そこからギレインへと移送されました」 「そんなことは知っておる」と、横柄にポテマが言った。「我が方にも配達人はいる。お前の主人に伝えておけ。この戦争に勝利を収めた後、身代金がいくらであろうと、あるいは捕虜の……」 「殿下、ご子息を移送する馬車はギレインに着く前に、怒り狂った群集に遭遇しました」と、女は口早に言った。「ご子息は亡くなりました。車に乗ったまま焼かれて死んでしまったのです。もう亡くなりました」 ポテマは若い女に背を向け、戦闘を見おろした。彼女の軍が勝とうとしていた。マグナス軍は撤退し始めていた。 「もう一つ知らせがあります、殿下」と、女が言った。「セフォラス王は皇帝の即位を宣言されました」 ポテマは女を見ようとしなかった。彼女の軍隊が勝ちどきを上げていた。 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第8巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀127年 イチダグの戦の後、皇帝ユリエル・セプティム三世は捕らえられ、ハンマーフェル王国のギレインにある叔父の城にたどり着く前に、怒り狂った群集によって殺された。その後、この叔父セフォラスが皇帝を宣言し、帝都へと向かった。皇帝ユリエルと彼の母親、狼の女王ポテマに忠実だった軍は、新しい皇帝に忠誠を誓った。その支持の見返りに、スカイリム、ハイ・ロック、ハンマーフェル、サマーセット島、ヴァレンウッド、ブラック・マーシュ、モロウウィンドの貴族階級は、さらに高い自治権と帝都からの独立を要請し、認められた。赤金剛石の戦いの始まりである。 ポテマは負け戦を続け、彼女の影響範囲は徐々に狭くなり、最終的にはソリチュード王国のみが彼女の手中に残った。彼女はデイドラを召喚し戦わせ、死霊術師には倒れた敵をアンデッド戦士として蘇らせ、兄弟である皇帝セフォラス・セプティム一世とリルモスの王者マグナスの軍を、何度も何度も攻撃した。彼女の同盟国は、彼女の乱心が増すにつれて離れていき、最後には長年にわたって寄せ集めたゾンビとスケルトン以外はいなくなった。ソリチュード王国は死者の国となった。狼の女王が腐りかけたスケルトンの召使いに給仕されている姿や、吸血鬼の将軍などと軍議を図る姿を語った物語りは、臣下を恐怖に陥れた。 第三紀137年 マグナスは部屋の小さな窓を開いた。ここ数週間で初めて、街の音を聞いた:荷車のきしみ、石畳の上を行く馬のひずめ、どこかで子供が笑う声。顔を洗い、服を着替えるためベッドの横へ戻るとき、微笑みがもれた。そのとき、特徴のあるノックが扉から聞こえた。 「入りなさい、ペル」と、マグナスは言った。 ペラギウスが部屋へ飛び込んできた。もうすでに何時間も前から起きていたのは明らかだった。マグナスは彼の元気に驚き、もし戦闘が12歳の少年によって戦われていたら、どれだけ長引くかを想像した。 「もう外は見ましたか?」と、ペラギウスが聞いた。「街の人々が帰ってきました! お店や魔術師ギルド、そして港には何百ものお店が色々なところから到着しています!」 「もう怖がらなくても良いのだからな。我々が彼らの隣人だったゾンビやゴーストを退治したから、彼らはもう戻っても大丈夫だということを知っているのだよ」 「叔父のセフォラスも死んだらゾンビになるのですか?」と、ペラギウスが聞いた。 「ならない、とは言い切れんな」マグナスは笑った。「なぜ聞く?」 「彼は老いて病気がちだって聞きました」と、ペラギウスは言った。 「それほど老いてはいないだろう」と、マグナスが言う。「彼は60歳、私のたった2歳年上だからな」 「叔母のポテマはいくつですか?」と、ペラギウスは聞いた。 「70歳」と、マグナスは言った。「そして、それが老いているだ。他の質問はまた後でだ。今は司令官に会いに行かねばならんが、夕食のときにまた話そう。それまでは時間を潰し、良い子でいられるな?」 「はい、父上」と、ペラギウスは答えた。彼は、父が叔母ポテマの城の包囲を続けなければならないと知っていた。城を落とし、彼女を拘留した後、宿を出て城へ移ることになる。ペラギウスはそれが憂うつで仕方がなかった。街全体に奇妙な甘い死臭が漂っていたが、吐き気を催さずには城の外堀へさえも近づけなかった。百万の花を投げ込んでも、あそこには意味をなさないであろう。 彼は街中を何時間も歩き、食べ物を買い、リルモスにいる妹と母のために髪飾りの紐を買った。あとは誰にお土産を買えば良いのかを考えていたとき、ふと気がついた。彼の従兄弟にあたる、叔父のセフォラスや叔父のアンティオカスや叔母のポテマらの子供たちは皆、この戦争で死んでしまっていた。一部は戦闘で、そして他は作物が燃やされすぎたせいで起きた飢きんで。叔母のビアンキは去年、亡くなっていた。もう、彼と、母親、妹、父親、皇帝である叔父しか残されていない。あとは叔母のポテマだが、彼女は頭数に入らない。 今朝魔術師ギルドの近くに来たときは素通りした。奇妙な煙や水晶や古い本が置いてある、あの類の店は彼を怖がらせた。今回は、叔父のセフォラスにお土産を買うことを思いついた。ソリチュードの魔術師ギルドからのお土産を。 老婆が扉を上手く開けられずに困っていたので、ペラギウスが開けてあげた。 「ありがとう」と、彼女が言った。 彼女は、彼が今までに見てきた人々のなかで、優に最高齢者だった。彼女の顔は、古く腐ったリンゴに乱れた白髪を巻きつけたようであった。頭を撫でようとした彼女の伸びすぎて、巻き始めた爪を本能的にかわした。しかし、彼女の首に掛かっていた宝石が彼を即座に魅了した。それは輝く1つの黄色い宝石で、何かが中に閉じ込められているようにも見えた。ロウソクからの明かりが当たったとき、4本足の獣がゆっくりと歩き回る姿が映し出された。 「これは魂石」と、彼女は言った。「偉大な魔族の狼男が注入してあるのじゃ。大昔に人々を魅了する力を付呪したのだが、違う呪文をかけようかと思っておるのじゃ。変性学の鍵か防護壁などかのう」彼女は中断し、少年を水っぽく、黄色い目で見つめた。「見覚えがある顔じゃ、名は?」 「ペラギウス」と、彼は言った。普段であれば「ペラギウス王子」と名乗ったが、街中では注意を引かないようにと言われていた。 「昔、ペラギウスという名の人を知っておった」と、老婆は言い、そしてゆっくりと微笑んだ。「1人かい、ペラギウス?」 「父が…… 軍にいて、攻城中です。でも、壁が崩れたら戻ってきます」 「多分、それほど時はかかるまいな」老婆はため息をついた。「どれほど頑丈に作っても、壊れないものは、皆無じゃ。魔術師ギルドで買い物かね?」 「叔父への贈り物を買いに来たのですが……」と、ペラギウスは言った。「ゴールドが足りるか分からないのです」 老婆は品物を見ている少年を残して、ギルドの付呪師の下へ行った。彼はソリチュードに来てまもない、若く、意欲的なノルドであった。多少の説得と多大なゴールドで彼に、魅了の呪文を魂石から外し、気が狂うまで着用者から年々英知を流出させる、効き目の遅い毒を持つ、強力な呪いを注入することに同意させた。彼女は安物の火炎耐性の指輪も買った。 「老婆に優しくしてくれたお礼に、これを」と、彼女は少年にネックレスと指輪を渡しながら言った。「指輪は叔父にあげるといい、彼には浮遊の付呪がしてあるから、高い所から飛び降りるときに彼を保護してくれると言っておきなされ。魂石は君にじゃ」 「ありがとう」と、少年は言った。「でも、これはいただきすぎです」 「優しさの問題ではないのじゃ」と、彼女は正直に答えた。「帝都の王宮の記録の間に1度か2度行き、君のことをエルダー・スクロールの予言の中で読んだのじゃ。君は、いつの日か、皇帝ペラギウス・セプティム三世になるのじゃ、そして、この魂石に導かれれば、子孫は永遠に君のことを覚えているであろう」 その言葉を残し、老婆は魔術師ギルドの裏の路地へと消えていった。ペラギウスは彼女を見送ったが、盛られた石の裏側を見ようとは思わなかった。もし見ていたら、街の下からソリチュード城へと続くトンネルを発見したであろう。そして、もし彼がそこにたどり着けたなら、ゾンビや朽ちた王宮の先に、女王の寝室を見つけたことであろう。 寝室では、自分の城が崩れ去る音に聞き入っているソリチュードの狼の女王を発見したであろう。そして彼は、歯のない微笑を浮かべながら最後の息を吸う彼女を見たであろう。 筆:2世紀の賢者インゾリカス 第三紀137年 彼女の城で1ヶ月間も続いた攻城戦の末、ポテマ・セプティムは死んだ。生前、彼女はソリチュードの狼の女王、皇帝ペラギウス二世の娘、王者マンティアルコの妻、女帝キンタイラ二世の叔母、皇帝ユリエル三世の母、アンティオカス帝とセフォラス帝の姉であった。彼女の死後マグナスは、王族議会の指導の下、ペラギウスを名目上のソリチュード城主とした。 第三紀140年 落馬が原因で、皇帝セフォラス・セプティムが崩御する。弟が皇帝マグナス・セプティムを宣言する。 第三紀141年 ペラギウス、ソリチュードの王者が「時おり変人」と帝都の歴史記録に記される。彼はヴァーデンフェル島の女公爵、カタリシュと結婚する。 第三紀145年 皇帝マグナス・セプティムが崩御する。狂ったペラギウスとして知られるようになる彼の息子が戴冠した。 物語(歴史小説) 茶1
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妖精族 第1巻 ウォーヒン・ジャース 著 その偉大な賢者は背が高く、不精な感じの男で、髭をたくわえており、頭ははげていた。彼の所蔵の本も持ち主に似て、どの本も長い間にホコリをかぶり、本棚の奥へと突っ込まれていた。最近の授業で、彼はその中の数冊を用いて、ヴァヌス・ガレリオンがどのようにして魔術師ギルドを設立するに至ったかを学生のタクシムとヴォングルダクに説明していた。2人はサイジック教団でのガレリオンの修行時代について、またそこで行われた魔術の研究と魔術師ギルドのものとはどのように異なるのかなど、たくさんの質問を投げかけた。 「サイジック教団は、今も昔もは非常に組織的な生活様式を持つ機関である」と賢者は説明した。「実際、きわめてエリート主義的である。ガレリオンはその点を批判していた。彼は魔術の研究を自由に解放したかったのだ。まあ、『自由に』とはいかないまでも、少なくとも誰にでも門戸が開かれているようにだ。そのためにまず彼はタムリエルで路線を変更した」 「ガレリオンは現代の薬剤師、道具工、呪術師がみな使用しているような慣習と儀式を体系化したのですよね?」と、ヴォングルダクが尋ねた。 「それは業績の1つに過ぎない。ヴァヌス・ガレリオンは、今日の魔術を作り上げたのだ。彼は一般大衆でも理解できるように、魔術の体系を組み直した。また、彼は錬金術の道具を開発した。誰もが魔法の跳ね返しを恐れずに、どんなものでも、どのような技術でも、懐の許す限り混ぜ合わせることができるようになった。そう、彼は最終的にそういうものを作り上げたのだ」 「どういう意味ですか?」と、タクシムが尋ねた。 「初期の道具は、現在の我々のものよりも自動化されたものだった。どんな素人でも、魔法や錬金術のことを知らなくてもその道具を使うことができた。アルテウム島では、学生は何年にもわたる苦労を重ねて技術を習得しなければならなかったが、ガレリオンはそれがサイジック教団のエリート主義の一例に過ぎないと考えた。当初彼の開発した道具は、いわば機械の付呪師や錬金術師で、金さえ出せば客は望むものを何でも作り出せた」 「例えば、世界を真っ二つに切り裂くような剣も作れますか?」ヴォングルダクが尋ねた。 「理論的には出来るだろうが、それを作るには世界中の金が必要になるだろう」と言って賢者は笑った。「これまでのところ、我々が大変な危機に直面したことはないが、学識のない田舎者が己の理解を超えた物を作り出してしまったという不運な事故は少なからずあった。そういうこともあり、ガレリオンは古い道具を廃棄して、我々が現在使っているようなものを作り上げた。ある意味エリート主義かもしれないが、何かをする前には自分が何をしようとしているのか分かっている必要がある。きわめて当然なことではあるが」 「人々はどんなものを作ったのですか?」と、タクシムが尋ねた。「何かエピソードはありますか?」 「君たちは試験を受けるのが嫌で、話をそらすつもりなんだな」と偉大な賢者は言った。「だが、要点を押さえたちょうどいい話をしよう。サムーセット島の西海岸に在るアリノールの街が舞台の、タウーバッドという書記にまつわる物語だ」 それは第二紀、ヴァヌス・ガレリオンが魔術師ギルドを初めて設立してからまだ間もない頃、その支部がタムリエルの本土にまでは進出まではしていないが、サムーセットの至るところに広がった頃のことであった。 この5年間、書記タウーバッドは、伝令のゴルゴスという少年を通して外の世界に向け文書を送り出す生活を送っていた。隠遁生活だった最初の年には、わずかに残っていた本当に少数の友人や親族── 実際は亡妻の友人や親族であったけれど── が彼を訪ねようとしたが、一番しぶとく粘った身内でさえ諦めてしまった。誰もがタウーバッド・フルジクと交友を続ける理由をたいして持っていなかったので、そのうち、連絡を取ろうとするものはほとんどいなくなった。時々、義理の妹から彼がほとんど覚えていないような人々の近況を綴った手紙が届いていたが、それも極めてまれなことだった。彼の家を往き来する手紙のほとんどは、彼の仕事、つまりオリエル神殿から毎週発刊される公報を書く仕事に関するものであった。公報は神殿の扉に釘で止めて貼り出されるのだが、内容は地域のニュースや説教などであった。 その日、ゴルゴスが持ってきた最初の手紙は治癒師もので、木曜の約束の確認だった。しばらく時間をかけて、彼は浮かない顔つきで了承の返事を書いた。タウーバッドはクリムゾンの疫病を患っており、治療に多額のお金を使っていた。ちなみに、この物語が治癒魔法の流派が高度に専門化する以前の物語であることをお忘れなく。それは恐ろしい病気で、彼は文字通り声を失った。この為、彼のコミュニケーションは筆記によるものに限られていた。 次の手紙は教会の秘書であるアルフィアからだった。彼女の手紙はいつも乱雑な文章で不愉快なものであった。「タウーバッドへ、添付資料は日曜の説教、来週のスケジュール、死亡情報です。少しは『色を付けて』記事を書いてください。前回の分には失望しています」 タウーバッドはアルフィアが神殿に勤め出す前から公報の作成に携わっていたので、彼が心に抱く彼女のイメージは純粋に頭の中だけで作り上げたものであり、それは時間とともに変化していった。最初は、イボだらけの醜く太った雌の醜い魔物の姿をしていた。最近は、痩せ細った行かず後家のオークに変異している。ひょっとしたら、彼の千里眼は当たっていて、ちょうど彼女も体重を落としたところかも知れない。 そもそもアルフィアの外見がどのようなものでも、タウーバッドを見下す態度は明らかだった。彼のユーモアセンスも大嫌いなら、どんなに小さな書き損じも見逃さない。彼の文章と筆跡は素人レベルでも最低であると思っている。幸い神殿の仕事は、善良なるアリノール国王の為の仕事の次に安定していた。稼ぎはたいしたことはないが、タウーバッドはほとんど金を使わなかった。実際のところ金は必要なかった。彼はすでに一財産を築いていたし、日々の生活に働く以外の楽しみはなかったのである。つまり、ほかに時間や思考を費やすところがない彼にとって、その公報の仕事は何よりも大事だった。 すべての手紙を配達し終えたゴルゴスは、掃除を始め、やりながらタウーバッドに街のニュースをすべて伝えた。少年はいつもそうしていて、タウーバッドはいつもあまり聞いていなかったのだが、今日のニュースには興味深いものがあった。魔術師ギルドがアリノールに進出したというものである。 タウーバッドが熱心に耳を傾けるので、ゴルゴスは、ギルドに関する全てを、つまり驚くべき大賢者と、錬金術と付呪用の道具について話した。彼が話を終えると、タウーバッドは簡単なメモを書いて、そのメモと一緒に1本の羽ペンをゴルゴスに渡した。そこには「この羽ペンに魔法を封じてもらってきてくれ」と書いてあった。 「お金がかかりますよ」と、ゴルゴスは言った。 タウーバッドは、長年貯めてきた数千枚のゴールドを彼に渡して送り出した。タウーバッドは、アルフィアを感動させ、オリエル神殿に栄光をもたらす力を手に入れようと決心したのだ。 後に聞くところによれば、ゴルゴスはそのお金を横取りしてアリノールから逃げようとも思ったが、貧しく老いたタウーバッドのことが心配になった。何より、主人からの手紙を届けるために、毎日会わねばならないアルフィアのことが彼も大嫌いだった。良い動機と言えないまでも、ゴルゴスはギルドに赴いて羽ペンに魔法を封じてもらおうと決めた。 最初に話したとおり、その当時は特に、魔術師ギルドはエリート主義の団体ではなかった。だが、ただの伝令の少年が魔導具の製造機を使わせてほしいと頼んだ時は、すくなからず疑いの眼差しを向けられた。しかし袋の中身を見せると、彼らの態度は一変し、ゴルゴスは部屋に招き入れられた。 ところで、私はその古い付呪用の道具を見たことがない。君たちには想像力を働かせてほしい。その道具には、マジカを封入するための大きなプリズムや、一揃いの魂石、エネルギーを封じ込めた球体などがついていた。それ以上は、その外見も効果もよくはわからない。ギルドに渡したゴールドのおかげで、その羽ペンには最高額の魂、つまり妖精族というデイドラの魂を封じられることになった。ギルドの修練僧は、当時の他のメンバーと同様に無知であって、その魂がエネルギーに満ち溢れているという以外には、大した知識はなかった。ゴルゴスが部屋をあとにした時には、その羽ペンには限界かそれ以上の付呪が施され、力で震えているようだった。 もちろん、タウーバッドがその羽ペンを使ってみると、それがどれだけ彼の理解を越えたものであったかが明らかになったのだ。 「それでは…… 試験を始めよう」と、偉大な賢者は言った。 小説・物語 茶2 妖精族 第2巻 ウォーヒン・ジャース 著 初歩的な召喚魔法の実技の試験が終わると、偉大な賢者はヴォングルダクとタクシムの2人に「今日はこれまで」と告げた。しかし、午後の授業の間ずっとそわそわしていた2人は、座席から立たずに切り出した。 「試験のあと、あの書記と魔法の羽ペンの物語の続きを話してくださるとおっしゃいました」と、タクシムは言った。 「その書記は非常に孤独な暮らしをしていて、彼が書いた公報をめぐって神殿の秘書といがみ合ったり、あとクリムゾンの疫病のせいで話せないところまでは聞きました。その彼の伝令の少年が、羽ペンに妖精族というデイドラの魂を封じ込めた、その続きからです」とヴォングルダクが、賢者に思い出させようとした。 「私はこれから昼寝でもしようかと思っていたんだが。まあ、その話は魂の本性に関する問題でもあるし、ゆえに召喚魔法にも関係してくるのだからよかろう、続きを話そう」と、賢者は言った。 タウーバッドがその羽ペンを使って神殿の公報を書き始めると、そこには少し内容に不釣合いな、ほとんど3次元的とも言える品質の文章が出現し、タウーバッドは大いに満足した。 夜遅くまでかけて、タウーバッドはオリエル神殿の公告をまとめあげた。彼が妖精族の羽ペンを紙に走らせるや、公告はもはや芸術品と化した。金で豪華に飾り立てられているが、文体は美しく簡素で力強かった。最もありふれたアレッシアの教条を、大司教が型通りに話したものであるにも関わらず、説教の抜粋はまるで詩のようだった。神殿の主な後援者の2人の死亡記事は厳格かつ力強く、ごく平凡な死が涙を誘う世界的悲劇へと変化を遂げた。疲れ切って倒れそうになるまで、彼はその魔法のパレットに向かった。締め切り前日の朝6時、彼は公告をゴルゴスに渡し、神殿秘書のアルフィア宛に届けるように言った。 予想はしていたがアルフィアからは賞賛の言葉も、とても早く公告を書き上げたことについての感想もなかった。どうでもいい。タウーバッドはこの公告が今まで神殿に貼り出された中でも最高の文書であることを知っていた。日曜の午後1時は、ゴルゴスは彼の元へたくさんの手紙を持ってきた。 「今日の公報は実にすばらしい。神殿のホールで読んでいて、お恥ずかしいことに、大粒の涙をこぼしてしまいました」と、大司教が書いていた。「これほどまでに美しくオーリーエルを誉めたたえるものを見たことがありません。ファーストホールド大聖堂も、この公告に比べればつまらないものです。ああ、ガラエルの再来とも思しき偉大な芸術家にひれ伏します」 大司教は、ほかの多くの聖職者同様大げさに話す人物ではあったが、この賛辞にタウーバッドは大変気を良くした。手紙はほかにもたくさんあった。神殿の長老の全員が、老いも若きも合わせた33人の教区民が、誰が公告を書いたのか、彼に祝福の手紙を届けるのにはどうしたらよいかを調べるのに時間を使った。そして、その情報を知るただ一人の人物は、アルフィアだった。タウーバッドの想像の中で竜女になっている彼女は、口々にタウーバッドを賞賛する者に取り囲まれた。 翌日、治癒師のテレミヒルとの約束のため船に乗った時も、まだ彼は上機嫌であった。そこの薬草医は新人で、美しいレッドガードの女だったが、タウーバッドが「私の名前はタウーバッド・フルジクです。11時にテレミヒルさんと約束をしています。病気のために声を出せないので、申し訳ないのですが会話は出来ません」と書いたメモを渡したあとでなお彼に話しかけようとした。 「まだ雨は降り始めていないかしら?」と彼女は陽気に聞いた。「占い師は振るかもといっていたのだけれど」 彼は顔をしかめて怒ったように頭を振った。どうして皆がみな、口の利けない人間は話しかけられるのが好きだと思うんだろう? 両腕を失った兵士が、ボールを投げられるのが好きだと思うか? その冷酷な振るまいが意図的でないことは明らかだが、彼は相手が本当は障害を持っていないことを証明するのが単純に好きな者もいるのではないかと思っていた。 診察自体も定例の恐怖であった。テレミヒルが喋り続けている間中、タウーバッドはずっと拷問を受けているようなものだ。 「たまには話そうとしてみるべきだ。そうしないと良くなっているかどうかがわからないからね。人前で話すのが嫌だったら、1人で練習してもいいんだよ」そんな忠告を彼が聞くわけないと知りながらも、テレミヒルは言い続ける。「お風呂で歌ってみてごらん。思ったよりうまくいくかもしれない」 結果を2─3週間後に受け取ることになり、診察は終わった。帰りの船の上で、彼は来週の神殿公報の構想を練り始めた。「先週の日曜の説法」の発表のページの縁飾りは二重にしてみたらどうだろう? 説教を一段組みから二段組みにするのも新しいかもしれない。アルフィアから情報を受け取るまで手をつけられないのが、ほとんど耐えられないほどの苦しみとなってきた。 アルフィアが情報を送ってきたときには、次のようなメモが添えられていた。「この前の公報はまあまあでした。次回は“Fortunate”(幸運の)の代わりに“Fortuitous”(思いがけない)を使わないでください。調べればわかることですが、この2つは同義ではないです」 その返事に、タウーバッドはもう少しでゴルゴスにひわいな言葉を叫んで、結果的にテレミヒルの勧めに従うことになるところだった。そうする代わりに、安ワインの一瓶を空け、適切な返信を書いて送り、そのまま床で眠り込んでしまった。 翌朝、長風呂のあとで、彼は公報の仕事に取りかかった。「特別発表」の欄に少し影をつけてみるというアイディアは、文章全体に驚くべき効果をもたらした。彼が記事の区切り線に過剰な装飾を施すことをアルフィアは毛嫌いしていたが、しかし妖精族の羽ペンを使うと、それは不思議と力強く感激さえもを漂わせるものとなった。 まるで彼の考えに対する返事のように、ゴルゴスがアルフィアの手紙を携えてやって来た。タウーバッドがその手紙を開けると、そこには一言「ごめんなさい」と書かれていた。 彼は仕事を続けた。彼はもうアルフィアの手紙のことを忘れていたが、きっと全体としては「今まで誰も、右側と左側の余白を同じだけ取るように伝えていなくてごめんなさい」、または「公報の書記として変わった老人ではない誰かを雇えなくてごめんなさい」などと書きたかったのであろう。彼女が何に対して謝っているかはどうでもよかった。説教の注釈の欄から上に伸びる縦の線は、まるでバラの柱のようで、惜しげもなく飾り立てられた見出しを冠していた。死亡欄と誕生欄は円形の縁飾りでともに囲まれており、人生の環を感じさせ、心を打つものとなった。彼の公報は、暖かみを感じさせると同時に前衛的であった。まさに傑作である。その日の午後遅く、彼はアルフィアへ公報を届けさせた。彼女がそれを気に入らないであろうことは分かっていたが、それでも彼は満足だった。 土曜に神殿から手紙が届いてタウーバッドは驚いた。中身を読む前に、形式から判断してアルフィアからのものではないと分かった。筆跡はいつものアルフィアの敵意のこもった激しいものではなく、オブリビオンからの叫びのように見える、全部大文字で書かれたものでもなかった。 「タウーバッド様。アルフィアが神殿を去ったことをお知らせしなければなりません。昨日、唐突に彼女は辞職しました。私はヴァンダーシルと申します。幸運にも(こういうのも失礼ですが)代わって私が新しく神殿の連絡役を務めることになりました。あなたの才能には感服しております。先週の公報を読むまで、私は信仰の危機に立たされていました。今週の公報はまったく奇跡です。本当です。あなたと共に仕事ができて光栄です。──ヴァンダーシル」 日曜日の礼拝後の反響は、さらに彼をを驚かせた。参加者と御布施が異常に増えたのは、すべて公報のお陰であると大司教は考えた。彼の報酬は今までの4倍になった。ゴルゴスは彼の才能をを称える人たちからの手紙を120通以上持ってきた。 翌週、良質なトルヴァリ産のはちみつ酒のグラスを片手に、机の前に座って、空白の巻物をじっと見ていた。アイディアが浮かばないのである。彼の子供、または第二の妻ともいえるような公報に飽きてきたのだ。大司教の三流の説教なんて神への冒涜もいいところだ。神殿の後援者が死んだとか生まれたとかいうのも退屈すぎる。くだらない、くだらない。そんな言葉をページに走り書きをしながら、彼は考えていた。 彼には「く・だ・ら・な・い、く・だ・ら・な・い」と書いている自覚があったが、巻物に現れた言葉は「白い首に巻かれた真珠のネックレス」だった。 次に用紙いっぱいにギザギザの線で殴り書きしてみた。なんとその美しい妖精族の羽ペンが綴った言葉は「オーリーエルに賛美を」だった。 タウーバッドはその羽ペンを投げ出したが、インクの流れは詩的な文句を綴った。彼はインクを飛び散らせながら紙中に殴り書きをしたが、この上もなく素晴らしい言葉がさまざまな形で現れた。インクの染みやはねは、華麗な非対称で飛び散ると、文章を万華鏡のように回転させた。もはや公報は彼の手でだめにすることはできないのだ。仕事は妖精族の羽ペンに引き継がれた。彼は作者ではなく、読者になった。 「さて」偉大な賢者は尋ねた。「君たちの召喚魔法の知識によると、妖精族とは一体何者か?」 「その後どうなったのですか?」と、ヴォングルダクが叫んだ。 「まずは、私の質問に答えなさい。それから話を続けよう」 「デイドラだとおっしゃっていましたよね」と、タクシムは言った。「それに、芸術家の技巧を持ち合わせているようです。アズラの従僕でしょうか?」 「しかしあの書記はすべてを想像していたのかもしれませんね」とヴォングルダクは言った。「きっと、妖精族はシェオゴラスの従僕でしょう。だから彼はおかしくなってしまった。あるいは、その羽ペンで書いたものを見ると、オリエル神殿の信者のようにおかしくなってしまうのでは」 「復讐を司るのはボエシア……」と、タクシムのは考え込んでいた。しかしすぐ微笑んで「妖精族はクラヴィカス・ヴァイルの従僕ですね?」と言った。 「大正解。どうしてわかったのだね?」と、賢者は言った。 「これは彼のやり方だからです。書記は羽ペンの力をもう望まなくなったのですね。それからどうなったのですか?」と、タクシムは言った。 「それはだな」と言って、偉大な賢者は物語を続けた。 小説・物語 茶2 妖精族 第3巻 ウォーヒン・ジャース 著 「ついに、タウーバッドは羽ペンの力を知るところとなった」と言って偉大な賢者は物語を再開した。「クラヴィカス・ヴァイルの従僕であるデイドラの妖精族の魂が封じられた羽ペンは、オリエル神殿の週間公報の書記としての彼に大きな富と名声をもたらした。しかし、彼はその羽ペン自体が芸術家であって、自分は単なる魔法の傍観者の1人に過ぎないということに気付いてしまった。彼は激しい怒りと嫉妬に駆られた。泣きながらその羽ペンを真っ二つに折ってしまった」 タウーバッドはグラスのはちみつ酒を飲み干し、それから視線を戻すと、なんと羽ペンは全くの無傷であった。 彼はそれ以外に羽ペンを1本も持っていなかったので、インク壷に自分の指を浸し、雑な字でゴルゴスへメモを書いた。先日の公報を賞賛する神殿からの新しい手紙の束を持ってゴルゴスがやってくると、タウーバッドは先ほど書いたメモと羽ペンを渡した。メモには、「この羽ペンを魔術師ギルドに持って行って、売ってしまいなさい。魔法をかけられていない普通の羽ペンを買ってきなさい」と書かれていた。 ゴルゴスにはそのメモはなんとも不可解に思われたが、メモの通りに実行した。彼は数時間後に戻ってきた。 「あの羽ペンに対して返金することはできないそうです」とゴルゴスは言った。「それに彼らは羽ペンには魔法が封じられていないと言いました。僕が『何を言ってるんですか。あなた方がここで羽ペンに妖精族の魂石の付呪を施したんじゃないですか。』と言うと、彼らは『それはそうですが、今、その羽ペンには魂は宿っていません。何かしたせいで失われてしまったのではないですか。』と言うのです」 ゴルゴスは主人をみつめた。タウーバッドは何も言えなかった。もちろん、いつにも増して何も言えないように見えたという意味である。 「とにかく、言われた通り、前のペンは捨てて新しい羽ペンを買ってきました」 タウーバッドは、その新しい羽ペンを調べてみた。前の羽ペンの羽は鳩のような灰色だったが、新しいペンの羽は真っ白であった。彼の手によく馴染んだ。安堵の溜息を漏らし、手を振って少年を下がらせた。彼は公報を書かねばならなかった。今度は魔法ではなく、己の才能だけに頼るのだ。 二日かかって、なんとか予定通りに仕事を終えた。実に平凡ではあったが、まさしく彼の作品である。ページに目を走らせて少しばかりのミスを見つけた時には、不思議と安心した。公報にちょっとしたミスがあるのは昔からだからだ。「実際のところ……」彼は幸福そうに考え込んだ。「この文章には、まだ見ぬミスが埋もれているのだろう」 平凡な字体で最後の一巻きを書き終えたところに、神殿からの数通の手紙を持ってゴルゴスが来た。タウーバッドはそれら全てに素早く目を通していたが、そのうちの1通が彼の注意をひいた。手紙の蝋封には「妖精族」という文字が見て取れた。彼は戸惑いを覚えながらその封を切った。 そこには完ぺきに美しい筆記体で「あなたは自殺せねばなりません」と書いてあった。 タウーバッドは公報に突然動きがあったのを見て手紙を床に落とした。妖精族の文字は手紙から跳ね出し、巻物に洪水のように押し寄せると、タウーバッドのみすぼらしい文章を最上の美しい作品に変換していった。タウーバッドはもはや、カエルにも似た奇妙な自分の声のことを気にしなかった。彼は長く長く叫び続けた。そして酒を飲んだ。とにかく飲んだ。 金曜の早朝、神殿秘書ヴァンダーシルからの手紙が届けられていた。しかし、午前中の半ばまで、それを読む勇気はなかった。そこには「おはようございます。今まさに公報を納入しようと思っているところです。いつもなら木曜の夜までに仕上げて頂いておりますが…… 興味深いですね。何か特別なことを計画していらっしゃるのでしょうか?──ヴァンダーシル」と書かれていた。 タウーバッドは「ヴァンダーシル、申し訳ない。体調がすぐれないので今度の日曜の公報は書けそうにないのです」と返事を書き、風呂に逃げ込む前に、ゴルゴスに渡した。その1時間後に風呂から戻ると、ちょうど笑顔のゴルゴスも神殿から帰ってきていた。 「ヴァンダーシルさんも大司教も大喜びですよ」彼は言った。「今までの内でも最高の作品だと言っていました」 タウーバッドはわけが分からずにゴルゴスを見つめた。そして公報がなくなっているのに気づいた。怒りに震えながらも、指をインク壷に浸して、「私が渡したメモには何と書いてあった?」と書き殴った。 ゴルゴスは笑顔を引っ込め「覚えてないのですか?」と聞いた。彼は、近頃主人が酒を飲みすぎていることを知っていた。「正確には覚えていませんが確かこんな内容でした。『ヴァンダーシルさん、今回の公報です。遅れてすみません。最近、体調がすぐれないのです。──タウーバッド』また、「そこだ」とおっしゃったので、公報も届けて欲しいのだと思いそうしました。先ほど言いましたが、神殿の方々はとても喜んでいました。今週の日曜には、三倍の手紙が届きますよ」 タウーバッドは笑顔でうなずくと、手を振ってゴルゴスを部屋から下がらせた。ゴルゴスは神殿に戻って行き、彼の主人は机に向かって新しい羊皮紙を1枚取り出した。 彼は羽ペンで「妖精族よ、お前の望みは一体何だ?」と書いた。 その文字は「さようなら。自分の人生に、すっかり嫌気が差してしまったのです。手首を切りました」に変わった。 タウーバッドは「私はおかしくなってしまったのか?」と書いた。 その文字は「さようなら。私は毒を飲みました。人生が嫌になった」に変わった。 「どうして、私にこんなことをさせるのだ?」 「私、タウーバッド・フルジクは、忘恩の念と共には生きていけません。そのため、こうして首に縄をかけることにするのです」 タウーバッドは新しい羊皮紙を手に取ると、指をインク壷に浸けて公報を書き直し始めた。彼のオリジナルの原稿は、妖精族が変えてしまう前には平凡で欠点のあるものだったのに対し、新しく書いたこの公報は殴り書きであった。「i」の点は打たれておらず、「g」は「y」のように見え、文章は余白にまで飛び出して至るところで蛇のようにトグロを巻いていた。インクは1枚目から2枚目まで染みている。筆記帳からページを破り取ろうとして、3枚目が半分になってしまいそうな長い裂け目をこしらえてしまった。そうした出来上がったものは、何かを感情に訴えかけてきた。少なくとも、そのように彼は願っていた。それから、その公報とは別に「私が届けさせた「たわごと」の代わりに、この公報を使って欲しい」という簡単なメモを書いた。 ゴルゴスが新しい手紙を持って帰ってくると、タウーバッドはその公報とメモの入った封筒を彼に手渡した。届けられた手紙はどれも同じようなものだったが、治癒師テレミヒルのものだけ違っていた。「至急、お越しください。あなたの病状に酷似したクリムゾンの疫病の変異型についてブラック・マーシュから報告がありました。もう一度診察をしたいのです。確かなことはまだ言えませんが、しかし、どんな選択肢がありうるか、確認したいのです」 そのショックから立ち直るのには、その日の残りの時間と15ドラムの強いみつばち酒が必要だった。二日酔いから立ち直るのには翌朝の大部分を費やした。タウーバッドはそれから、ヴァンダーシルに羽ペンを使って手紙を書き始めた。「書き直したほうの公報を、どう思われましたか?」妖精族の手にかかるとそれは「私は火中に飛び込もうと思います。才能は枯渇してしまった」になってしまった。 タウーバッドはその手紙を指にインクを付けて書き直した。ゴルゴスが現れて、一枚の手紙を差し出した。それはヴァンダーシルからのものだった。 そこには「あなたは神々しい霊感だけでなく素晴らしいユーモア感覚の持ち主でもあるのですね。本当の公報の代わりに、あなたから送られた落書きを貼り出している場面を思い浮かべてみて下さい。大司教様は、たいへんに笑っていらっしゃいました。あなたの来週の作品を待ち切れません。──愛情をこめて、ヴァンダーシル」 その1週間後の葬式には、タウーバッド・フルジクにはとても信じられなかったであろうほどたくさんの友人と崇拝者が参列することになった。もちろん棺は閉められねばならなかったが、まるで芸術家自身であるかのように、そのオーク材の棺の滑らかな表面を撫でようとする参列者があとを絶たなかった。大司教が葬儀を執り行い、普段よりは丁寧な弔辞を読み上げた。タウーバッドの古き仇敵にしてヴァンダーシルの前の秘書であるアルフィアもクラウドレストから訪れて、泣き叫びながら、誰彼構わずに、タウーバッドの示唆が自分の進むべき道を変えたのだと訴えた。アルフィアは、羽ペンを自分に遺すというタウーバッドの遺言を聞いて号泣した。ヴァンダーシルは、そのハンサムで素敵な1人の男性、テレミヒルを見つけるまで、ひどく悲しんでいた。 「まったくもって信じられません。彼が亡くなるだなんて。もう会うことも話すことも出来ないだなんて」とヴァンダーシルは言った。「亡骸は見ましたし、まだ燃やされてはいなかったですけど、彼が本当にタウーバッドさんであるかどうかは私にはわかりません」 「何かの間違いであると言いたいところですが、彼本人であることを裏付ける多くの医学的証拠がありますから」とテレミヒルは言った。「いくつかこの目で確認しました。実を言うと、彼は私の患者でした」 「本当ですか?」ヴァンダーシルが尋ねた。「一体なんの病気で?」 「何年も前から、声を奪われてしまうクリムゾンの疫病を患っていました。でも、完全な治療法が見出されたのです。実は、彼が自殺した当日にも、そのことを伝える手紙を出しておいたところです」 「あなたが、あの治癒師ですか?」ヴァンダーシルが声を上げた。「彼の斬新で素朴なデザインの公報についての手紙をゴルゴスに渡す時に聞いたのですが、ちょうど、あなたの手紙を届けたところだと言っていましたよ。その公報というのが、驚くべき一品でした。こんなことを彼にはとても言えませんでしたが、最初は彼が流行おくれのスタイルの中で立ち往生してしまったのかと疑ったものです。しかし、それこそ彼が燦然と輝く栄光のかなたへと旅立つ前に、天才の最後を成し遂げたという証明なのです。何の比喩でもありません。まったくの文字通りです」 ヴァンダーシルは治癒師にタウーバッドの遺作を見せた。テレミヒルは、そのオーリーエル神の権能と威厳を称える、ほとんど判読できない程に熱狂的な数枚の公報を見て、ヴァンダーシルの意見に賛成した。 「さっぱり分からなくなってしまいました」とヴォングルダクが言った。 「どの部分についてだね?」と偉大な賢者は尋ねた。「この物語は非常に筋が通っていると思うのだが」 「どんな公報も妖精族は素晴らしい作品に仕立て上げました。しかし、タウーバッドの最後の公報だけは彼自身が書いたはずです」と思慮深そうにタクシムは言った。「でも、どうして彼はヴァンダーシルと治癒師からの手紙の内容を読み違えてしまったのですか? その手紙の文面も、妖精族が変えてしまったのでしょうか?」 「恐らくはそうだな」賢者は笑みを浮かべた。 「あるいは、妖精族が、タウーバッドの文章を読み取る力を変えてしまったのでしょうか?」と、ヴォングルダクが尋ねた。「つまり、妖精族が彼をおかしくしてしまったのでしょうか?」 「それも大いにありうることだ」と、賢者は言った。 「そうなると、妖精族はシェオゴラスの従僕だということになりませんか」と、ヴォングルダクは言った。「しかし、彼はクラヴィカス・ヴァイルの従僕であると、先生はおっしゃいました。いたずらと乱心と、どちらを司るデイドラなのでしょうか?」 「意思が妖精族によって確かにねじまげられたのです」と、タクシムは言った。「それがまさに呪いを永遠のものにするクラヴィカス・ヴァイルの従僕のやり方です」 「この書記と呪われた羽ペンの物語の結末に関しては、君たちの望むようにしておけばよい」と偉大な賢者は、微笑みながら言った。 小説・物語 茶2
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神秘士ガレリオン アスグリム・コルスグレッグ 著 ヴァヌス・ガレリオンは血なまぐさい第二紀初頭にこの世に生を受け、トレシュタスと名づけられた。生まれながらにして、小貴族であるソリシチ・オン・カーのギャナッセ卿の屋敷に仕える農奴であった。トレシュタスの両親はごく普通の労働者だったが、父親はギャナッセ卿の掟に背いて読み書きを修得し、その息子にも学ばせた。ギャナッセ卿は、読み書きのできる農奴は自然への冒涜であり、貴族の立場をおびやかしかねないと聞かされていたため、ソリシチ・オン・カーの全書店を営業停止にしていた。ギャナッセ卿の敷地内をのぞいてすべての書籍商、詩人、教師は締め出されたが、それでもなお、小規模な密輸取引によってかなりの本や巻物が卿の目のとどかないところで流通していた。 トレシュタスが8歳のとき、密輸業者が捕まって投獄された。夫におびえる無学で敬虔なトレシュタスの母が密輸業者を裏切ったという説もあったが、他の噂もあった。密輸業者は裁判にかけられないまま、ただちに刑が執行された。ソリシチ・オン・カーでも数世紀ぶりの猛暑のなか、トレシュタスの父の死体は一週間も吊るされたままだった。 3ヵ月後、トレシュタスはギャナッセ卿の屋敷から逃げ出し、サマーセット島を半分ほど横切ったところにあるアリノールまでやってきた。トルバドゥールの一団が道端の溝にうずくまっていた瀕死の彼を発見した。看病によって回復したトレシュタスを下働きとして雇い入れると、彼に食事と部屋を与えた。トルバドゥールの一人である易者のヘリアンドがトレシュタスの精神力を試そうとしたところ、この恥ずかしがりやの少年は、その不遇ぶりにもかかわらず、尋常ならざるほど聡明で洗練されていることがわかった。アルテウム島で神秘士としての訓練を受けていたヘリアンドは、トレシュタスにどこか相通ずるものを感じた。 巡業でサマーセット島の東端にあるボタンザ村を訪れたとき、ヘリアンドは11歳になっていたトレシュタスを連れてアルテウム島に渡った。その島の魔術師アイアチェシスはトレシュタスの潜在能力を認め、徒弟として受け入れると、ヴァヌス・ガレリオンの名を与えた。ヴァヌスはアルテウム島で体と心の鍛錬にいそしんだ。 魔術師ギルドの初代大賢者はこうして育てられたのであった。アルテウム島のサイジックからは訓練をつけてもらい、欠乏と不公平の少年時代からは知識の共有という彼の哲学を学び取ったのである。 歴史・伝記 赤1 魔術師ギルド関連
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アダバル・ア 編者注:アダバル・アとは、奴隷の女王アレッシアの夫であったモーリアウスの物語であると考えられている。このことについては歴史学的に証明することは難しいが、アダバル・アが第一紀から伝わる最古の文書のひとつであることは間違いない。 ペリナルの死 そして、血の海と化した白金の塔の玉座の間で、ペリナルの切り落とされた首は翼のある半神の雄牛にしてアレ=エシュの想い人、モーリアウスに向かってこう語った。「我らの敵が私を殺し、この体を引き裂いて別々の場所に隠したのだ。神々の意思をあざ笑いながら、あのアイレイド達は私を8つに引き裂いた。彼らはその数字に取り付かれているからだ」 モーリアウスは困惑し、鼻輪のついた鼻を鳴らして言った。「ホワイトストレイク、あなたの戦いぶりは彼女の想像を超えていた。だが、俺は思慮のない雄牛だ。これからすべての捕虜をこの角で突く。もし、あなたがやつらを生かしたままにしておくのなら。あなたは血まみれの栄光そのものだった、叔父よ、あなたは必ず帰ってくるだろう。今度は狐か光となって。シロドは我々のものだ」 そして、ペリナルは最期にこう語った。「気をつけろ、モーリアウス。気をつけるんだ! こうして死にゆく私には感じられるのだ、敵はまだ生きている。それを知りながら死んでゆくのは辛いことだ。勝利を信じたまま死ねればよかったのだが。おそらくだが、彼は再び現れるだろう。油断するんじゃないぞ! 私はもはや、人々をウマリルの復讐から守ってはやれないのだ」 アレッシアの青春時代もしくは奴隷時代 ペリフの出身部族はわかっていないが、彼女はサルド(サルダヴァー・リードとも呼ばれる)で育った。この地には、アイレイドがニベン中の数々の部族から人間を集めて来ていたのである。それらの部族とは、コスリ、ネード、アル・ゲマ、クリーズ族(彼らは後に北方から連れてこられたことが明らかになった)、ケプチュ、ギー族(花の王ニリチが虫の神である??にいけにえを捧げたことで滅ぼされた)、アル・ハレッド、ケト族、その他であった。しかし、この地はシロドであり、支配者エルフたちの領土の中心であり、人間たちには何の自由も与えられていなかった。家族を持つことや、公に名前を持つことすら禁じられていた。侵略者の支配者たちは、彼らに名前をつける必要などみじんも感じていなかったのである。 人間たちは、岩を運んだり、用水路を作ったり、神殿や道路を整備したりといった労働を強制された。また、人間たちはアイレイドの拷問芸術の歪んだ喜びの犠牲にもなった。ヴィンダセルの嘆きの車輪、セルセンの内臓庭園、多くの奴隷の体に見られた人体彫刻などである。また、火の王ハドフールの領土ではさらにひどいことも行われていた。デイドロンから抽出した薬を人間に使って苦痛を与える新たな方法が発見されたのである。子供たちは夜になると彼らの戦いを見て大喜びした。 モーリアウスが語るアレッシアの名前 そして、モーリアウスは彼らに言った。「彼女のことを語るとき、お前たちは彼女を様々な名前で呼ぶ。アレ=エシュというのは、畏敬の念を込めた呼び名だ。訳すと、「高貴な、あまりにも高貴な」という冗長な意味になる。アレ=エシュという名前がくずれて、もう少し親しみやすい呼び名が生まれた。アレシュト、エシャ、アレッシアなどだ。また、彼女はパラヴァントとしても知られている。彼女の即位のときに、「彼らのなかで始めのもの」という意味を込めてつけられた名前だ。死を免れない人間でありながら敵を討ち、捜し求め、癒し続けた彼女の偉大さを称えて神々が与えた。この名前からはパラヴァル、ペヴェシュ、ペレス、ペリフなどの名前が生まれた。そして、俺自身は、大切な彼女をパラヴァニアと呼んでいた」 「彼女は俺のもとを去ってしまったが、今でも星々に囲まれて光り輝いている。最初の女皇、天の女神、シロドの女王として」 彼らはその答えに満足し、その場を去った。 ダンジョン 九大神の騎士関連 歴史・伝記 赤2